[九州地方]」カテゴリーアーカイブ

佐賀県武雄市 武雄鍋島家別邸跡

28代武雄領主であった鍋島茂義は、
嘉永4年に隠居屋敷を造設しており、
そこに造園された庭園が残されています。


鍋島藩武雄領主の庭園」。
明治元年。本拠であった武雄陣屋が火災で焼失。
※武雄陣屋跡は現在の武雄高等学校の敷地。
29代武雄領主鍋島茂昌続きを読む

佐賀県武雄市 円応寺(武雄鍋島家墓所)

古くから武雄の領主であった後藤家でしたが、
龍造寺隆信の勢力拡大により、
その支配下となっていました。

隆信が沖田畷の戦いで討ち取られた後、
跡を継いだ龍造寺政家より竜造寺姓を賜りますが、
竜造寺家は鍋島直茂が実権を掌握。
鍋島家と龍造寺一門との融和政策が行われ、
武雄竜造寺家も鍋島姓を賜り、
以後は武雄鍋島家として、… 続きを読む

長崎県長崎市 グラバー園②

つづき。
/②

旧リンガー住宅のさらに南側へ進む。

旧オルト住宅」。
英国商人ウィリアム・ジョン・オルトの旧宅。
オルトは安政年間に長崎に来日したとされ、
大浦慶と共に九州一円から茶葉を買い集め、
海岸沿いの製茶所で製茶して米国に輸出しました。
オルトは明治3年に帰国しており、
この住宅は、隣のフレデリック・リンガー続きを読む

長崎県長崎市 グラバー園①

①/

鎖国体制であった江戸時代の日本でしたが、
完全に外国人を遮断していたわけではなく、
長崎のみが限定的に国際港として機能していました。

貿易国は欧米のオランダと、明朝清朝等の中華、
そして藩経由の李氏朝鮮続きを読む

長崎県長崎市 大浦天主堂

大浦天主堂は、元治2年建立の日本最古の教会。
正式名は日本二十六聖殉教者天主堂

文久2年。横浜滞在の仏人司祭フューレが長崎に赴任し、
司祭館と長崎滞在の外国人用の教会堂の建築を準備。
この年、慶長元年に殉教した日本二十六聖人が、
ローマ教皇ピオ9世により列聖されています。
文久3年にはプティジャン神父も着任し、… 続きを読む