攘夷戦」タグアーカイブ

下関市中之町 亀山八幡宮車参道鳥居

現在の亀山八幡宮大鳥居は、
昭和8年に建てられたもので、
幕末当時のものではありません。

幕末当時の大鳥居は、建て替えの際に裏手に移築され、
現在も残っています。

車参道鳥居」。
亀山八幡宮北側の車参道の鳥居で、
江戸、明治期の大鳥居であったもの。
つまり、攘夷戦で欧米諸国が見ていたり、
幕末の志士が参拝の際にくぐった鳥居は、
この鳥居ということになります。

この元治元年に撮影された… 続きを読む

長崎県島原市 龍馬上陸の地

元治元年2月。
四ヶ国連合艦隊下関を攻撃するということで、
外国側と交渉してこれを回避するべく、
幕府より調停役を命じられた勝海舟は、
総勢47名の大所帯で神戸から長崎に向かいます。
この一行に坂本龍馬ら勝の門弟も同行し、
龍馬は初めて長崎を訪れる事になりました。… 続きを読む

長州藩の異国船討ち払い

長州藩は、下関で外国船に対して砲撃を行いました。
これは周知される事件ですが、
その137年前の享保11年。
須佐湾に侵入した外国船を討ち払いを行っています。

永代家老益田家の領地である須佐湾に唐船が現れ、
これに藩があの手この手で攻撃を加えて沈めた事件で、
当時の一隻の唐船さえ難儀していたのに、
西洋の黒船に攻撃を仕掛ける事が、… 続きを読む

天誅組以前の中山忠光⑥

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中山忠光が再び下関にやってくると、
これを好機としたのが久坂玄瑞でした。

京都で活動していた久坂ら尊攘志士30余人らは、
攘夷期限が決定されると下関に向かい、
攘夷戦に参加しようとします。
ですが京都では… 続きを読む

天誅組以前の中山忠光⑤

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攘夷の魁たる長州藩が、
 外国製の軍艦や武器を買うとは何事か!
 そんなものは打ち壊してしまえ!
」。

中山忠光は、長州藩の軍備が洋式化することに激怒。
高性能の武器を揃える事は当たり前で、
言っている事は無茶苦茶なのですが、
藩の重臣達がどう説明しても納得しない。
とうとう藩主… 続きを読む