白河戦争」タグアーカイブ

福島県東白川郡 棚倉城跡

左遷藩」このような言葉は江戸時代にはなく、
近代以降の造語であるらしいのですが、
山形藩棚倉藩はこの不名誉な造語で呼ばれます。
左遷とは閑職や低い地位、地方に飛ばされる事で、
譜代大名が失脚した際にこの2藩に転封された為、
そのように呼ばれるようになりました。

確かに藩主家は9家も代わっており、
その理由は様々ながら刑罰的な転封で、… 続きを読む

福島県白河市 仙臺藩士戊辰戦沒之碑

会津街道奥州街道の分岐点であった女石に、
仙台藩の戦死者を慰霊する碑が建てられています。


仙台藩は白河戦争(白河口の戦い)で、
参謀坂本大炊はじめ150余の戦死者を出しており、
各地でその屍が集められてこの場所に埋葬。
地元有志によって供養塔が建立され、
後に慰霊碑が建てられました。


仙臺藩士戊辰戦沒之碑」。… 続きを読む

福島県白河市 稲荷山公園

稲荷山白河戦争(白河口の戦い)の激戦地。
奥羽越列藩同盟軍は稲荷山に兵力を集中させ、
新政府軍を迎え撃ちます。
しかし、ここを攻撃した新政府軍本隊は囮で、
二手に分かれた別動隊が側面から白河小峰城を攻撃し、
白河小峰城が落城して稲荷山は包囲され、
同盟軍は敗走して惨敗となりました。


稲荷山公園」。
稲荷山は現在、史跡公園として整備されています。
山頂からは平地を隔てて新政府軍が布陣した小丸山続きを読む

福島県白河市 白河小峰城

白河小峰城南北朝時代結城親朝が築城した城で、
結城家の改易後は上杉家蒲生家の支城となり、
その後に丹羽長重が10万石で白河に入封して以降、
白川藩の藩庁として7家21代の居城となりました。

白河は奥羽への入口として要衝の地であった為、
奥羽… 続きを読む

宮城県栗原市 瑞満寺(姉歯武之進墓所)

姉歯武之進世良修蔵暗殺の実行犯として知られます。
世良は奥羽鎮撫総督府下参謀として、
総督九条道孝以下500余名と共に仙台藩に派遣され、
威圧的な態度で仙台藩士らの反感を買っていました。

姉歯武之進は仙台藩士大河内頼存の弟として生まれ、
※どこを調べても父ではなく兄の名しか見当たらない。
同藩士姉歯忠三郎の婿養子となります。… 続きを読む