長州藩家老」タグアーカイブ

山口県熊毛郡 海前寺跡(大野毛利家墓所)

長州藩には八つの家老家(うち2つは準一門)があました。
宍戸家を筆頭に、右田厚狭吉敷阿川大野の毛利家と、
禁門の変の責任で一時断絶した益田、… 続きを読む

小早川家の復興

毛利元就両川と呼ばれた吉川元春小早川隆景
嫡男の毛利隆元を補佐して中国制覇に大きく貢献し、
一般的に「三本の矢の教え」で知られるように、
隆元そしてその子毛利輝元を盛り立てました。

吉川元春は戦上手として知られ、その戦跡は76戦64勝。… 続きを読む

山口県周南市 宍戸家郷校徳修館

山陽自動車道熊毛ICの入口付近に、
宍戸家の郷校「徳修館」があります。


熊毛IC周辺(徳修館の場所)


徳修館」。
21代当主宍戸就年が創立した郷校。
23代宍戸元礼明倫館に模して聖廟続きを読む

山口県周南市 貞昌寺(宍戸家墓所)

長州藩の筆頭家老家である宍戸家は、
毛利元就の中国制覇に貢献し、
吉川家小早川家両川に次ぐ待遇を受け、
毛利家の減封後は代々筆頭家老を努めています。

吉川家は関ヶ原の戦いでの確執から、
藩内での発言力を失っており、
小早川家は豊臣政権下で独立していた為、
※小早川家は後に断絶。続きを読む

長州藩家臣団の軍隊

長州藩奇兵隊等の諸隊が知られますが、
諸隊だけが長州藩兵ではありません。

内訌戦正義派が勝利し抗幕体制が成立すると、
来たるべき戦いに備えて軍政改革が行われます。
諸隊は改めて整備され、規則や定員、
それぞれの駐屯地が決められ、
藩が統括する正式な軍隊となりました。

これに加えて従来の… 続きを読む