隠れキリシタン」タグアーカイブ

長崎県南島原市 原城跡

吉田松陰九州遊学の際、
原城跡を訪問しています。
原城は島原の乱の籠城戦が行われた城で、
両軍で4万の死者を出す激戦が行われ、
一揆勢の皆殺しで終結した戦いでした。
山鹿流兵学師範であった松陰は、
古戦場を見学する事で、
自らの兵学の糧にしたのでしょう。

島原天草の乱は江戸時代初期の反乱で、
キリシタン弾圧に起因した一揆で、
幕末以前で最後の本格的な内戦でした。
島原藩主松倉勝家続きを読む

長崎県東彼杵郡 彼杵宿跡

彼杵宿長崎街道の宿場町で、
嬉野宿との間には難所俵坂峠が控えており、
佐賀藩領と大村藩領の藩境。
平戸往還との追分でもあった他、
彼杵湊からの海路も整っていた事から、
大変に栄えた宿場町でした。… 続きを読む

下関市豊田町 毛利秀包夫人引地君の墓

小早川元包の正室で元鎮の母である引地君は、
豊後の戦国大名大友宗麟の末娘。
父同様に洗礼を受けたキリシタンで、
洗礼名はマセンシアであったという。
久留米城主となった小早川秀包に嫁ぎ、
秀包もその影響を受けて洗礼。
久留米城下に天主堂続きを読む

長崎県長崎市 浦上天主堂

浦上長崎の北にあった小さな農村でしたが、
キリスト教伝来より住民に信徒が多く、
その為に禁教後も信仰を捨てきれない住民は、
隠れキリシタンとなってその教えを守り、
密かに信仰を代々伝えていました。

幕末における長崎開港に伴い、
外国人居住区東山手南山手続きを読む

長崎県長崎市 桜町牢跡

天領である長崎に置かれた牢獄は、
古くは桜馬場南馬町にあったとされますが、
元和6年(1620)にキリシタン教会跡地に移転。
敷地を練塀で囲んで獄舎が建てられ、
拷問所、吟味所、牢番長屋等が付属したという。


長崎市役所別館(桜町牢跡)」。
桜町牢続きを読む