水戸藩」タグアーカイブ

新潟県柏崎市 椎谷陣屋跡

椎谷藩堀直政の四男堀直之を藩祖とし、
次代の堀直景が1万石に加増され、
諸候に列した事に始まります。
直景は苅谷に陣屋を置いて苅谷藩を立藩。
後に子の堀直良が八幡に藩庁を移した後、
更に次代堀直宥が越後国刈羽郡に転封され、
椎谷に陣屋を置いて椎谷藩となりました。… 続きを読む

表高と実高

長州藩36万石の石高ながら、
幕末期になぜあれ程の資金力があったのか?

これについては色々と説はありますが、
よく言われるのは、
1)表高と実高が大きく違っていた。
2)村田清風の改革で膨大な資金力を得た。

どちらも正解でしょう。
特に表高は厳封された時からのもので、
西軍総大将が功績ある東軍大名より高いと、
どうしても釣り合いが取れないので、
幕府は実高の7割を表高としたようです。
この時点で… 続きを読む

「義烈千秋 天狗党西へ」伊東潤

水戸藩は悲惨です。
その悲惨さは他藩を圧倒していると言ってよい。
幕末に悲惨のあった藩は数多くありますが、
内容において水戸藩は群を抜いています。

水戸藩といえば桜田門外の変が浮かびますが、
これも本望は遂げたといえ末路は悲惨で、
関与者のほぼ全員が死んでいます。

しかしそれを上回るのが天狗党の乱で、
今回読んだ「義烈千秋 天狗党西へ」の題材。… 続きを読む