白河藩」タグアーカイブ

栃木県那須郡/福島県白河市 境の明神

奥州街道下野国陸奥国の国境に、
それぞれ2社の境の明神が並立しています。


下野国/陸奥国国境」。
国道294号線栃木県福島県の県境。
栃木県側からの撮影。
街道はこれより奥州に入ります。… 続きを読む

福島県白河市 白坂宿跡

白坂宿羽州街道の26番目の宿場町で、
奥州に入って最初の宿場でした。


那須町芦野周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。


白坂宿跡」。
一見すると変哲もない道路沿いの集落。
宿場の面影は殆ど残っていませんが、
その家々の殆どに屋号の標柱があり、
宿場であった事を伝えています。


戊辰戦役旧大垣藩士
 酒井元之丞戦死之跡
」。… 続きを読む

福島県白河市 皇徳寺

皇徳寺は白河大工町にある臨済宗の寺院。
平安前期の法相宗寺院勝道寺を前身とし、
平安末期に臨済宗寺院として再興され、
皇徳寺と改称したと伝わります。


本堂」。
丹羽家白河藩時代に現在地に移転し、
現在に至るとのことですが、
本堂続きを読む

福島県白河市 白河宿跡

白河宿奥州街道の27番目の宿場で、
白河小峰城の城下にありました。
奥州街道の狭儀の終点ともされていますが、
これ以北も街道は続いています。


白河市街周辺、緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが宿場のあった場所。

東側より散策。

本町」。
白河風土記(1805)によれば、
家数は96軒であったとされ、
その半数が宿屋であったようで、… 続きを読む

福島県東白川郡 棚倉城跡

左遷藩このような言葉は江戸時代にはなく、
近代以降の造語であるらしいのですが、
一般的に山形藩棚倉藩の2藩は、
この不名誉な造語で呼ばれます。
左遷とは閑職や低い地位に追いやり、
地方等に飛ばされる事で、
譜代大名が失脚した際、
この2藩に転封される事が多かった為、
そのように呼ばれるようになりました。
確かに藩主家は9家も代わっており、… 続きを読む