①/②/③/④/⑤/⑥
つづき。
22日
五更に①上野城下を発す。
道は静かで暁を望む頃に、
山田の宿を過ぎる。
②平松の宿に至る間に空腹となり、
一つの店に入って飯を食った。
食後に淡峠に向かうが、
この峠の頂きは絶景である。
勢州の海浜が眼下に望めたが、
これは津城より六里の場所。
この峠を下ると有〇の宿があり、
我らは〇〇の宿を過ぎた。
晩六ツ時に③津城下に至る。
三重県津市 津宿跡①
学校前を過ぎた際に平川、妻木、
伊藤らに逢って同道して宿へ行く。
齋藤先生に逢って談話して寝る。
※山田の宿はよくわかりません。
また有〇の宿とか〇〇宿とか、
判別不能な文字もありました。
淡峠は阿波峠の事。
齋藤先生は齋藤新太郎ではなく、
齋藤拙堂と思われます。
10/22の行程
23日
風邪が少し良くなった。
杉田、佐久間の両士の家君が旅館に来た。
この日は稽古を休んでいたので、
昼に後藤、佐藤與三等が、
酒を飲むのに川鴨等の肴を買ってきた。
※佐藤與三は長州藩士ですが、
何故ここに居るのかわかりません。
楫取素彦の次の群馬県令。
24日
昼より八ツ時に演武荘に至る。
晩前に宿に帰った。
25日
稽古は定休日の為、稽古は無かった。
26日
長田氏や財満氏が風邪で寝込んだので、
演武荘には出席しなかった。
余ら6人で出席し晩に帰った。
27日
昼八ツ時に演武荘に至り晩になって帰る。
28日
昼七ツ時に演武荘に至り晩に宿に帰る。
今夜内山の送別の宴を催した。
一詩を送り他の数人も句を詠んて、
今また離情が溢れてきた。
遅くまで話をしたりして過ごした。
※内山は佐藤新太郎の門下?
29日
この朝に内山氏の越前帰郷を送る。
昼に演武荘に至り前日のように稽古したが、
武場目付に用事があって稽古は終わった。
霜月1日
前日の用事で稽古は欠席。
藤井定三郎が来て話す。
※この人物はよくわかりません。
2日
また朝から演武荘に出席。
郷の士と竹刀で試合する。
昼後の稽古は前日の如し。
つづく。
①/②/③/④/⑤/⑥
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