瑞龍庵は佐賀市田代にある臨済宗の寺院。
元亀元年(1570)に琳翁琢和尚が開山しました。
ここに葉隠の筆記者田代陣基の墓があります。
「本堂」。
瑞龍庵は無住の寺院のようで、
紺屋町の天徳寺が管理を行っているようです。
田代はここに葬られてはいましたが、
年月を経て忘れ去られてしまったようで、
その所在は判らなくなっており、
後の昭和13年にこれが発見されています。
「松盟軒期醉之墓」。
田代又左衛門陣基の墓。
浪花節語りの墓と思われていましたが、
調査した結果、田代陣基の墓と判明。
有志により顕彰碑が建立されました(右手前)。
田代は3代藩主鍋島綱茂の祐筆を13年務め、
宝永6年(1709)に役職を解かれ、
その翌年に山本常朝に初めて会いました。
山本は金立山山麓の黒土原に閉居しており、
田代はその草庵朝陽軒に足しげく通い、
7年間に及び山本常朝の談話を筆録。
享保元年(1716)に全11巻が完成し、
これを「葉隠」と名付けています。
その巻頭には「火中すべし」と記載され、
原本は燃やされたと考えられますが、
密かに写本されて藩士間で読まれたようで、
秘書として伝えられました。
明治期にこれが解禁となって出版され、
戦前までは忠君愛国精神のシンボルとなり、
戦後は再び禁書に近い扱いになっています。
「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と、
過激な言葉が一人歩きしていますが、
実際に読んでみると雰囲気はまるで違い、
覚悟の話や振舞い方の話であり、
現在は処世術やビジネス本として見直され、
現代人にも共感を得ているようです。
■関連記事■
・佐賀県佐賀市 葉隠発祥の地
山本常朝の草庵跡。
・佐賀県佐賀市 龍雲寺/山本常朝墓所
葉隠口述者山本常朝の墓所。
・長崎県長崎市 菩提寺/深堀義士墓所
山本常朝が絶賛した深堀義士。
