榎本釜次郎渡蘭日記⑪

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つづき。

3月14日(本邦正月25日) 晴 正午有日
 夜3時に雨あり。30分続く。
 4時にボイキーありて15分続けり。
 只変化の微風吹くのみ。
 朝8時西南の風来る。船足頗る出つ。
 只次第に西の方に廻る。
 格別強く吹き透さず。海波また平常たり。
 入夜また然り。竟日程よき暖度たり。
 余無記事。

3月15日(日本正月26日) 晴陰又雨 正午有日
 矢来風模様ばかり昨日と同じ。
 また微風に属す。
 朝来余程暖度の異なるを覚ふ。
 次第に北に近い付けばなり。
 過午雨時々少し降る。
 風は次第によき方になる。船足4-5里に至る。
 入夜風の方向よくロイムウィンドとなる。
 但し10時前後雨少し降る。船足5-6里に至る。
 是まさに所謂恒信風なるべき哉。
 ※恒信風は貿易風(trade wind)の古い呼称。
 按針役また知るべしと謂う。

3月16日4(日本正月27日) 陰晴 正午有日
 早起風色依然不変。只昨日に比すれば、
 寒気を覚ふ。但し終夜冷気に過ぐるを覚う。
 是を以て愈々そのバッサードウィンドたる、
 疑いなきを知る可知。昨日前より2-3日間、
 フルアンデルレイキの風吹きしは、
 恒信風の境なればなり。
 且つ昨夜より今朝の寒きはソイホールより、
 来る冷気なればなり。
 竟日寒気の方なり。
 按するに当時太陽赤道近辺にありて、
 今日船の航路辺りでは、
 未だ熱度の威を持たざるを。
 〇朝8時海水の温度を見るに、
  空気より暖にして且つ、
  昨日の朝よりも暖度増せり。
  これは或いは恒信風がこの辺より、
  吹き起こりしは未だ程を経さる哉。
  因に記す。昨夜大君に夢で謁す。
  奉行輩皆あり。醒めて之を語るに、
  赤松子また夢に謁せりと云う。
  ※上田藩士赤松小三郎
  奇夢に似たり。故に記す。
  ※大君(将軍)の夢を見たようで、
   これを赤松に話すと、
   俺も見たという感じだったようです。

 〇竟日不変の便風たり。方位また不変。

3月17日(日本正月29日) 陰晴 正午有日
 徹朝の方たり。船足2里位に過ぎず。
 過午3里の船足もあり。入夜また然り。
 只方向南位たり。これ可知。
 この辺りも未だケンテリングの余、
 未だ甚だ遠からざるを、
 故に寒気暖気とのストレイド余にて、
 寒気打ち勝てバッサードと為すと謂えど、
 この戦にて寒気は頗る暖気の為に、
 誇張して其の暖気の方に進む。
 即ち赤道の辺り太陽所在。
 力薄くなりて如斯し微風となるなり。
 〇過午一枝の樹枝釵を爲せるものを、
  ※木製のかんざし
  浮来るを諸人が見たりしと語る。
  甲必丹が云う。この樹枝は或いは、
  Tristan de Cunha島より、
  トリスタンダクーニャ島
  流れ来たものならんと。
  予はその島より浮来たとは思わず。
  暫記の依存を疑う。
  日没時ミスウェーシングを出す。
  差偏西3ストレイキ4なり。

3月19日(2月朔日) 晴 正午有日
 徹朝微風たり。船1隻をホールの方に見る。
 竟日微風。入夜殊に甚だしく、
 且つ時々方位を変して一定の風吹かず。
 此れ未だ眞個のバッサード境に、
 入りたるならざる。知るべし。
 竟日暖気増せり。鳥類の飛ぶを見ず。

3月20日(本邦2月2日) 晴 正午有日
 昨夜2時頃より風少し吹き起こり徹朝。
 船足3-4里に至る。午前雨雲ありて、
 朝8時前ノ近午ストフレーヘン少し降る。
 竟日風衰えず、入夜また然り。
 これまさに眞個の定りたり恒信風なるべし。
 朝来船1隻杳霧の間に見ゆと按針役が云う。
 夜11時頃雨少し降る。即時止む。動揺なし。

3月21日(日本2月3日) 晴 正午有日
 徹夜竟日入夜確乎の恒信風にて、
 船足5-6里に減ぜず。
 ボービス鳥1羽を船側に見る。
 また1隻杳霧の間に見ゆると船子が云えり。
  本夜按針役の話にシントヘレナに而は、
  ※Saint Helena=セントヘレナ島
  5カン(ブリキ鑵)の飲水價にシキルリング、
  1ペンシ。即ち和蘭2ギュルデン、
  3ストイフルにあたりバタービヤは、
  3ギュルデンにて水悪し。
  また云う。シンテレナに船至れば、
  何船を問わず恙無恙に係わらず、
  毎額を出す。尤も少し許りの由後に、
  悉尋すべし。この銀にてこの島に、
  ホスピタールを設け以って、
  ※Hospital=病院
  航海客の病患者を治療する。
  故に海客此れに来て病む者ある時は、
  直ちに登陸して病院に入りて治療を受け、
  而して別に薬禮の及ばずと云う。
  また昨年の商船アフリカが岸にて、
  亜美利加國商船スラスハンデラール2隻を、
  捕らえてシンテレナに引き来て船を壊し、
  その人を亞国へ送り帰らしめたる際、
  その船は美良にて蒸気船の如き、
  キリップルホルミの船なりしと、
  彼は云えり。

つづく。
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