澤太郎左衛門のオランダ滞在日記①

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澤太郎左衛門オランダ滞在中の日記。
火薬製造機購入の一件が記載されています。

慶応元年丑年9月2日和蘭国ハーグ留学中
仏蘭西国パリスより、御軍艦操練所頭取、
肥田濱五郎殿より左の通申来
※肥田濱五郎は長崎海軍伝習所の二期生で、
 澤や榎本武揚らと共に洋行。

 此般柴田日向守殿日本使節として当府へ
 御越相成候処火薬製造器械買上の義、
 相談有之候に付、貴様御義兼て
 御調の圖面御所持に候間、
 右を持参早々「パリス」府へ御出張可被成
 内田恒次郎殿へは別紙のとおり申進候に付、
 諸事御打合相成候致し度此段御案内申候以上
   9月朔日         肥田濱五郎
    澤太郎左衛門殿     

 ※柴田日向守が日本使節として、
  パリへお越しになり火薬製造器の購入で、
  相談があったので、貴殿の用事を兼ねて、
  図面をお持ちになり、
  早々にパリへ出張して下さい。
  内田恒次郎殿へは申告済みですので、
  諸事を打ち合わせしたいので、
  ご案内申し上げました。以上。
   9月1日         肥田濱五郎
    澤太郎左衛門殿


9月10日申快晴 日曜日
今朝6時10分「ハーゲ」。
※ハーグ(Den Haag)と思われます。
汽車スタションを発車して「ベルギーセ」。
※stationを発車してベルギー(België)へ。
汽車にて同日夜9時46分「パリス」府に着す。

9月11日酉快晴 月曜日
今朝10時に使節が御旅館にお越しになり、
日向守殿に面会。自分が持参した火薬製造器
図面をご覧になり詳細をお話したところ、
同人は濱五郎と相談のうえで、
右の購入金1万2000弗をまずお渡しになり、
※弗=(ドル)。
右の器械の調達を早々に段取りを行い、
出来た後は日本に於いて設置及び、
支障なく製造出来るようにする事を、
心得ておくようにと申し渡された。

9月13日亥曇 水曜日
明14日開陽丸船卸しに依り、
今朝6時「パリス」スタションを発し、
夜6時35分「ドルトレクト造船所側の、
ホテル、ホルランド」に着す。

9月15日丑雨 金曜日
和蘭海軍一等ロイテナントヂノー」氏が来る。
※lieutenant=大尉(海軍)。
佛国や蘭国、獨国エッセン」及び、
※Essen=ドイツの都市。
英国ウォルサムエベー」の火薬製造所の、
※Waltham Abbey=英国の都市。
長所や短所について聞く。
同人曰くこれは容易な事ではなく、
この件は「デルフト」和蘭陸軍火工所長
※Delft=オランダの都市。
陸軍マヨール官なる「パルハンシュス」氏に、
問い合わせする方がよいと助言を受けた。
※Mayor=少佐

9月20日午晴 水曜日
アムステルダムに住居の、
器械製造方インゼニウルデ・ウィット」氏来る。
※Ensign=少尉
今般日本の為に製造された火薬製造器械は、
全て御命に従うと言って来る。
彼は肥田氏の添書を持参していた。

9月21日未天気 木曜日
今朝8時10分の汽車にて、
「ハーゲ」スタションを発しデルフトに行き。
火工所に至る。所長「パルハンシュス」氏に、
面会の義えお申し込む。
然るに陸軍所の免許状がなければ、
工場に入る事を禁ずと門衛が言った。
そこで「チノー」氏より所長への添書を出す。
暫くしてゼルヂアントが出て来て、
※Sergeant=軍曹。
本日午後5時過ぎに「パルハンシュス」宅へ、
行くようにとの旨を聞く。
午後5時30分に「パルハンシュス」宅へ訪問。
「ゲノー」氏より添書を持参して問い合わせ、
同人曰く、
当時最も軽便で数量を調製する火薬器は、
白耳義国ヴェッテレン」の、
※白耳義国=ベルギー。
 Wetteren=ベルギーの都市。
コープアル製造機に超えるものはなく、
和蘭陸軍用の火薬は時として、
我が製造所「モイデン」に於いて、
間に合わざる時は「ヴェッテレン」より、
求めることもある。
この火薬の初速は小銃にて常に400mに至る。
しかしこの工場を見る事は甚だ難しく、
恐らくは佛国海陸軍士官の同所出張の者に、
頼るより他はないだろうという。

つづく。
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