澤太郎左衛門のオランダ滞在日記②

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つづく。

9月26日子快晴 火曜日
海軍所ミニストルカッテンディキ」氏来て、
※Minister=大臣公使
 カッテンディーケ長崎海軍伝習所の教官。
 当時は帰国して海軍大臣だった模様。

ウェッテレン火薬製造所に何とか工夫して、
見学が出来ないか頼んだところ、
同人の見込みに寄れば白耳義国には、
※白耳義国=ベルギー
在留の和蘭国ミニストルより頼めば、
鳥渡の一見だけは叶うだろうというので、
直に書面を書いて渡す。

9月28日寅天気 木曜日
昼12時15分和蘭の「レインスボール」から、
レイスウェイク(Rijswijk)か?
汽車にて白耳国「ブリュッセル」に到着し、
同所に在留した。和蘭ミニストル方へ、
「カッテンディキ」書面持参。
同国「ウェッテレン」火薬製造所の見学に、
懇切に頼んだところ早速請合、
同国陸軍ミニストルへ書面を出した。

9月29日卯雨 金曜日
朝11時和蘭ミニストルより書面が来て、
「ウェッテレン」火薬所見学の件は、
普請中につき頼みに応じ難いの旨。
断りの書面である。
昼後和蘭ミニストルに手紙のお礼に行く。

10月朔日辰天気 土曜日
この「ブリュッセル」府に、
メフロー、ミミ」という老婆がいる。
これは和蘭「ハーゲ」において懇意にせし、
ランベール」という者の伯母なり。
自分が下宿する小銃師「ベㇷト」氏の親族で、
「ブリュッセル」の行く事があれば、
必ず訪ねて用向きがあれば頼むべしと、
添え書きを与えられていた。
ここに於いて「ブールファール」30番地を訪ね、
「メフロー、ミミ」在宅にて面会する。
※謎の老婆が登場!?
この婦人「フラームセを使い、
※français=フランス語
蘭語をよく理解するにより、
「ウェッテレン」火薬所見学が困難にて、
失望していると語ると、
同婦人曰く、同所の器械を製造する、
ヘルヴィリョン」という者と懇意であるから、
一応訪ねてみる事は出来るということで、
見学の件を世話しようと語った。
よって金額が如何程掛かるとも、
また如何なる難儀があっても、
見学が叶うことが出来れば実に満足と申し、
篤く頼みてこの日は旅宿に帰った。

10月3日午天気南風強 月曜日
昼後2時に「メフロー、ミミ」方に行き、
過日の返事を聞くと、
「ヘルヴィリョン」の話によれば、
当時「ウェッテレン」火薬所には、
土工を多く雇っている故に、
その人足に雇われれば十分見られるという。
但しその見込みは証人を定めて、
本人を遣わさないといけない。
早急に取り計らって貰おうと、
「メフロー、ミミ」が言ったが、
然るに即答は難しいと述べ、
直ぐに退散して旅宿に戻り、
夕6時40分の汽車にて和蘭国へ向け帰行。
※証人を立てる事が難しいと思ったのか、
 即答を断って帰路に向かいます。


つづく。
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