子供達と六連島に行ってみました。
離島とはいえ彦島から5㎞程度の島で、
竹崎から渡船が日に4往復出ていますが、
市民ながら今回初めての渡航です。
市営渡船「六連丸」。
竹崎と六連島を結ぶ市営の定期連絡船。
下関駅からも徒歩6~8分程度と意外に近い。
釣竿を抱えた乗客もちらほらいました。
下関と彦島の間の「小戸海峡」を進み、
響灘へ向かいます。
「身投げ岩」も近距離で見えました。
下関市彦島海士郷町 身投げ岩
「彦島大橋」。
毎日出勤で通行する「彦島大橋」ですが、
下から見上げると巨大さに驚きます。
「彦島大橋」は昭和50年の完成時には、
「世界最長のコンクリート橋」でした。
※現在は中国の天峨龍灘大橋が最長。
この橋の下を毎日500隻の船が通るという。
「六連島港」。
20分程で到着します。
六連島の西側は断崖となっており、
港や民家は東側に面してあります。
「六連島地図」。
漁村センター前に設置されている地図。
六連島は面積0.69 km²の島で、
周囲3.9km程の小さな島。
現在の人口は約70人と少ないようですが、
縄文時代後期より人が住んでいたようで、
その遺跡も発見されているとのこと。
「六連島灯台」。
今回の目的である六連島灯台。
大坂条約で設置されたブラントン灯台です。
国指定重要文化財。
下関市六連島 六連島灯台
灯台から「雲母玄武岩」へ歩いて向かう途中、
地元のおじいさんがやって来て、
トラクターの荷台に乗せてくれました。
googleMapで歩いて20分とのことで、
歩いて行くつもりでしたが、
実際は結構な高低差があったので、
乗せてもらって本当に助かりました。
歩いてたらたぶん帰りの船に間に合わず、
大変な事になっていた事でしょう。
地元の人の温かい心遣いに感謝です。
「六連島の雲母玄武岩」。
玄武岩に黒雲母の結晶を多く含む珍しい岩。
世界的にも非常に珍しく日本では唯一という。
余り詳しくは判りませんが、
非常に珍しいという事で行ってみました。
周辺はビニールハウスで花が栽培されており、
これらを眺めながら港に戻ります。
結構急な下り坂を降りて集落へ。
「西教寺」。
六連島内にある唯一のお寺で、
真宗本願寺派の寺院。
境内にある「城戸久七翁顕彰之碑」と、
「於輕同行之碑」を拝見しました。
下関市六連島 西教寺
集落は石州瓦の家屋が連なりますが、
港周辺ではなく比較的高い位置にあります。
現在は港周辺が整地されていますが、
往時は家を建てる平地が無かったのでしょう。
更に降りて港に到着。
島の隅々までとはいきませんが、
軽く島を一周した感じです。
帰りの船からの六連島全景。
連なる巨大な石油タンクが印象的です。
※大東タンクターミナル(株)六連油槽所。
子供達も意外に楽しかった様子。
また別の島にも行ってみるのも良いかも?
嘉永2年7月15日。
吉田松陰は北浦巡視の際に六連島に上陸。
芋畑を抜けて御番所を視察しました。
御番所の位置は不明ですが、
たぶん灯台のある辺りと思われます。
長府藩では重罪を犯した罪人を、
死罪や遠島に処していましたが、
六連島も流刑地に充てられていました。
尤も重罪人は蓋井島に流されたようなので、
六連島に送られる罪人は蓋井島よりは、
罪が軽かったのだと思われます。
知らない人は勘違いしがちですが、
罪人が送られる島だからといって、
その島民は罪人ではありません。
流されて来た罪人は島民から隔離され、
牢屋などの然るべき施設に入ります。
島民と交流を持って妻も貰ったりと、
深く交わるケースもあったようですが、
これは極めて稀なパターン。
政治犯で身分も高い人物であったり、
余程の人格者であったりと、
かなり特殊な例だったといえます。
■島まとめ
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