慶応3年(1867)に英国は仏国と共に、
幕府に兵庫港の早期開港を迫り、
これに伴い航海の安全確保の為として、
西洋式灯台5基の建設が求められました。
※これは大坂条約と称されていますが、
正式な条約の取り交わしは無かった模様。
この5基は江埼灯台、部埼灯台、友ヶ島灯台、
和田岬灯台、そして六連島灯台で、
全てが現存しています。
今回は六連島にある六連島灯台を訪問。
国指定重要文化財でありながら、
現役の灯台として現在も光を灯しており、
その光は最初石油灯でしたが、
大正14年に高圧式アセチレンガス灯となり、
昭和27年には電灯に変えられ、
現在はLED灯の光源になっています。
「六連島灯台」。
花崗岩で造られた石造の灯台。
R.H.ブラントン設計によるもので、
明治3年10月に建設が開始され、
明治4年11月に初点灯されています。
「六連島信号所跡」。
灯台の近くにある信号所の跡。
3階建ての鉄筋コンクリート製の建物で。
明治33年に開設されたもの。
昭和59年廃止されて廃墟となっています。
「明治天皇行幸聖蹟」。
明治5年6月12日に明治天皇が行幸し、
西郷隆盛らと六連島灯台を訪れています。
明治天皇は各地を行幸していますが、
灯台を行幸した唯一の例とのこと。
■ブラントン灯台
■関連記事■
・福岡県北九州市 部埼灯台
大坂条約によって建設された灯台。
・和歌山県東牟婁郡 樫野埼灯台
ブラントン設計による灯台。
・下関市豊北町 角島灯台
ブラントンが日本で手掛けた最後の灯台。
