下関市六連島 西教寺

西教寺六連島にある真宗本願寺派寺院。
島内にある唯一の寺院です。
天正9年(1581)に麻生与左衛門が、
顕如上人に下賜された阿弥陀如来像を、
六連島の草堂に祀ったのが始まり。


西教寺」。
六連島の集落上部にある西教寺。
幾度か荒廃しながら再建されたようで、
幕末の安政6年再建されてから、
明治16年に火災で焼失していますが、
翌明治17年に再建されて現在に至ります。


於輕同行之碑」。
境内にあるお軽同行の碑。
お軽は島民大森岩吉の次女に生まれ、
19歳で婿養子に幸七を迎えますが、
幸七は出稼ぎ先で浮気してしまい、
島にはなかなか帰らなくなります。
浮気を知ったお軽は夫を恨み、
彼や周りを呪い続けたという。
これを機縁に西教寺に通う事になり、
深く浄土真宗帰依する事となります。
その熱心な信仰から妙好人として知られ、
常に念仏を喜んで感謝の生活を送り、
安政3年に死去したとのこと。
一応幕末の人物ですね。
この碑は昭和12年に建立されたもの。
※同行とは志同じく仏道を行う者


城戸久七翁顕彰之碑」。
ユッカ(?)の葉に隠れていますが、
酒漬雲丹」の開発者城戸久七の顕彰碑です。
明治20年に外国人船員が西教寺で歓談した際、
持ってきたジンを盃に注ごうとして、
誤って塩漬雲丹にこぼしてしました。
試しにこれを食べると意外に美味しいので、
和尚は島一番の雲丹業者の城戸久七に依頼し、
「酒漬雲丹」を試作させたとのこと。
久七は研究を重ねて独自の製法を確立させ、
全国に「酒漬雲丹」を広めました。。
久七の製法は弟子の上田甚五郎に伝授され、
うに甚本舗」がこれを継承。
久七の功績を称える為に「うに甚本舗」により、
この碑が建立されたようです。

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