秋山好古は日清戦争及び日露戦争で、
騎兵を率いて戦った陸軍軍人。
連合艦隊先任参謀秋山真之の実兄で、
司馬遼の「坂の上の雲」の主人公のひとり。
昭和5年に東京で死去しており、
青山霊園に葬られていますが、
後に郷里の鷺谷墓地に分骨されています。
「秋山家墓所」。
好古の墓の他に小さな墓碑が並びます。
これらは父秋山久敬、母貞ら両親や、
※父母の墓所は同墓所の別場所とのこと。
コメント欄参照。
兄秋山則久らの墓と思われますが、
その特定は出来ませんでした。
秋山家は松山藩では家禄10石程の徒士で、
非常に貧しく生活は苦しかったという。
貧困の中で好古や真之は苦学を重ね、
それぞれ陸軍、海軍で大成していますが、
父久敬や秋山家の教育方針が、
将軍を2人も生み出す要因となった事は、
少なくとも間違いはないでしょう。
ちなみに秋山真之の墓は鎌倉霊園。
「秋山好古墓」。
陸軍大将秋山好古の墓。
長身で色白、眉目秀麗だったようで、
ヨーロッパ人と間違えられたという。
貧困の中で家計を支えつつ勉学に励み、
官立大阪師範学校卒業後に教師となり、
後に陸軍士官学校に入学。
卒業後に東京鎮台に配属され、
後に陸軍大学校に入学しました。
卒業後は参謀本部に勤務しており、
フランスに留学して騎兵戦術を習得。
帰国後は騎兵第1大隊に配属され、
日清戦争では大隊長として従軍。
日露戦争では騎兵第1旅団長として出征し、
沙河会戦、黒溝台会戦、奉天会戦で戦い、
戦後に功二級金鵄勲章を受章しています。
その後は陸軍大将に昇進し、
教育総監、軍事参議官を務めた後、
予備役に編入されました。
以後は教育者として各地で務めた後、
昭和5年に死去しています。
■関連記事■
・(ドラマ)坂の上の雲
NHKが制作したスペシャルドラマ。
・東京都港区 青山霊園/野津家墓所
日本陸軍黎明期に活躍した軍人兄弟。
・東京都港区 青山霊園/立見尚文墓所
東洋一の用兵家立見尚文の墓。

秋山久敬・貞夫妻のお墓は秋山好古のお墓の裏の方に別にあります。
階段付近だったと思います。
kurodonさま
貴重な情報ありがとうございます。
また松山に行った際は参ろうと思います。
これからもご教授下さいませ。