萩市街を流れる松本川の河口に、
鶴江台という島があります。
殆ど本土と陸続きのようですが、
地図上で見ると運河が掘削されており、
確かに本土から離れています。
この鶴江台は浦上四番崩れにおいて、
萩に配流された信徒らのうち、
死亡した44名が埋葬されたようで、
これは後に改葬されていますが、
跡地には碑が設置されているようです。
鶴江台周辺。
この鶴江台はかつては陸続きでしたが、
松本川の洪水対策と舟運の利便の為、
寛永5年(1628)より掘削が開始されて、
4年の歳月の後に運河として開削。
僅かながら陸から完全に離れました。
「鶴江地区の町並み」。
鶴江台西側にある鶴江地区は、
松本川の東岸浜崎地区の対岸に位置し、
早くから遠洋漁業が行われていたという。
浜崎地区とは違い平坦な土地は少なく、
街道集落のように町並みが続きます。
信徒らの埋葬地跡へ行く為には、
この鶴江地区の細い道を通る必要があり、
車を駐車する場所もありません。
従ってかなり遠くに車を駐車して、
歩いて町並みを通りました。
しばらく行くと右手に石段が現れ、
これを登って埋葬地跡に向かいます。
案内板も設置されていますので、
迷う事は無いでしょう。
「殉教者平和の十字架」。
萩教会主任司祭アルバレス神父が、
昭和57年に建立した平和の十字架。
十字架の下方が埋葬地跡。
「長崎四番崩流配者葬地跡」。
明治元年に浦上の信徒ら約66名が、
第一陣として萩に流されており、
その2年後に226名が再び萩に流されます。
明治3年5月28日に第一陣は鶴江台にて、
第二陣の同胞らと再会を果たしており、
以後明治6年の放免まで萩に抑留され、
44名が殉教と遂げました。
この場所は彼らの最初の埋葬地で、
後の明治25年にビリオン神父により、
堀内の岩国屋敷跡に改葬されています。
流配者が葬られていた場所。
上記のように明治25年に改葬されていますが、
後の平成22年に発掘調査が行われた際に、
信徒と思われる遺骨が発見されたようです。
●キリシタン関連
■関連記事■
・山口県萩市 萩キリシタン殉教者記念公園
流配者が改葬された殉教者記念公園。
・島根県鹿足郡 乙女峠
流配者が迫害された場所。
・長崎県長崎市 お告げのマリア修道会墓地
浦上四番崩れを生き延びた信徒らの墓。
