広島県広島市 聖光寺/高間正忠之墓

聖光寺墓地にある高間正忠の墓。
高間正忠は広島藩砲術家で、
戊辰戦争神機隊砲術長として活躍。
平潟口奥羽越列藩同盟と戦い、
激戦を繰り返した末に戦死しています。


高間省三正忠之墓(前)」、
高間壮士之碑(後)」。
広島藩士高間省三正忠の墓と碑。
正忠は藩の砲術家高間寛八の子で、
慶応元年に藩校学問所に入学しています。
文武に優れた秀才として有望視されており、
後に学問所の助教にも就任。
慶応2年の第二次長州征伐では、
広島に入った老中小笠原長行に反発し、
その暗殺を同志と共に企てました。
同年に井原の郷校興譲館に遊学し、
儒学者阪谷朗廬に師事。
慶応3年に広島藩で神機隊が発足すると、
遊学を切り上げて入隊しています。
父に砲術の奥流を学ぶと共に、
農兵達と寄宿を共にして訓練を行い、
戊辰戦争が始まると砲術長となり、
備中国備後国に出動。
更に上野戦争に参加して落ち武者を掃討し、
甲州戦争に参加して甲府城を守備しました。
その後に神機隊は奥州に派遣され、
平潟口で相馬中村藩と戦闘を繰り返し、
8月1日の第二次浪江の戦いで戦死。
遺骸は双葉町の自性院に埋葬されました。

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