福岡県北九州市 岩松助左衛門生家跡

岩松助左衛門は小倉長浜浦庄屋で、
漁業の網元海運を家業としましたが、
小倉藩より響灘難破船救助を命じられ、
私財を投じて白州灯台建設を始めた人物。

小倉北区長浜町にその生家跡があります。

岩松助左衛門生誕の家跡」碑。
令和5年までその旧家が残ってましたが、
老朽化の為に解体されたとのこと。
但し取り壊された旧家も大正期の建築で、
助左衛門が生まれた頃ではなかった模様。
当時は海岸のすぐ近くだったようですが、
現在は埋め立てで海岸は遠くなっています。
響灘には暗礁が多く遭難が多発した為、
助左衛門は特に大きな暗礁である「白州」に、
灯台を建設する事を思い立ち、
小倉藩に申請してその許可を得ました。
建築資金は私財募金を集めて賄い、
その建設工事を文久2年より開始しますが、
小倉戦争やその支配元の変更で難航。
維新後に明治政府が建設工事を引き継ぎ、
明治6年に灯台を完成させていますが、
その前年に助左衛門は死去しています。
明治33年に建て替えられてはいますが、
白州灯台は現在も稼働しており、
安全な航行に大きく役立っているとのこと。


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