埼玉県坂戸市 休臺寺/横田家墓所

休臺寺は坂戸市にある日蓮宗寺院。
天正8年(1580)に本行院日慶が、
妙慶寺として開山しました。
後に旗本横田家2代当主横田述松が、
中興開基して横田家の菩提寺とし、
その庇護を受けていたとされます。


「本堂」。
平成28年に再建された本堂。
それ以前の本堂は享保13年(1728)の再建で、
元々茅葺屋根の本堂だったものが、
トタンで覆われていたようです。
これを前住職が退任前の最後の事業として、
現在の本堂を新築したとのこと。


「横田家墓所」。
境内の南側にある横田家の墓所。
旗本筆頭9500石の歴代墓所です。

3~10代の当主の墓碑は確認できましたが、
開基である2代横田述松の墓碑が見つからず。
たぶん中央の先祖累代の墓が述松のものか?

「先祖累代之墓」。
甲斐武田家の足軽大将横田高松は、
村上義清との戦いで討死しており、
その家督は原虎胤の子横田康景が相続。
その康景も長篠の戦いで戦死した為、
康景の五男横田尹松が継いでいます。
甲斐武田家滅亡後は徳川家康に仕官し、
5000石を与えられて旗本となり、
以後は関ケ原の戦いや大阪の陣等、
家康の使番として参戦しており、
寛永12年(1635)に死去しました。
家督は三男述松が相続しており、
所領の休臺寺を再興して菩提寺とし、
延宝7年(1679)に76歳で死去。
2代述松の墓はどこにも見当たりませんが、
たぶん元々は述松の墓だったのかも??


「壽仙院殿従五位下前備州刺史
 高岳日松居士
」。
3代当主横田由松の墓。
述松の二男として生まれ、
その死後に家督を相続しました。
享保9年(1724)に隠居しており、
その5年後に76歳で死去しています。


「覺壽院殿従五位下前備州刺史
 清岩日翁大居士
」。
4代当主横田清松の墓。
3代由松の長男横田遥松が早逝した為、
嫡孫として祖父の隠居後に家督を相続。
宝暦10年(1760)に隠居しました。


「幽遠院殿従五位下前筑州刺史
 楊翁日能居士
」。
5代当主横田準松の墓。
分家横田十郎兵衛家(200石)からの養子で、
御側御用取次を務めて9500石に加増され、
旗本の最高録となっています。
寛政2年(1790)に死去。


「沾妙院殿道忠日通居士」。
6代当主横田以松の墓。
4代清松の次男で兄の養子となり、
その死後に家督を継いでいますが、
寛政9年(1797)の僅か7年で死去しました。


「大善院殿頭理日暉大居士」。
7代当主横田茂松の墓。
6代以松の長男として生まれ、
父の死去に伴い家督を継ぎますが、
享和3年(1803)に21歳で早逝しました。


「大慧院殿従五位下前筑州刺史
 静翁日忠大居士
」。
8代当主横田貞松の墓。
6代以松の次男とされており、
兄の急死によって急遽家督を相続。
西ノ丸御書院番頭、大番頭等を務め、
天保12年(1841)に隠居しており、
その3年後に死去しています。


「妙高院殿従五位下前筑州刺史
 春松日鶴大居士
」。
9代当主横田春松の墓。
8代貞松の子で父の隠居で家督を相続、
御小姓組番頭等を務めており、
安政6年に死去しています。


「泰嶽院殿道輝日秀大居士」。
10代当主横田壽松の墓。
9代春松の子で父の死去に伴い家督を継ぎ、
火消役等を務めていましたが、
文久3年に病死してしまいました。

11代横田栄松は岩月藩7代大岡忠恕の子で、
10代壽松の養子となって家督を相続。
王政復古の際には早期に恭順しており、
本領を安堵されています。
栄松は高直しで大名になる事を画策し、
新政府に数度掛け合うも許可されず、
横田家は士族となっています。
その栄松の墓碑は見当たりませんが、
累代の墓に入っているのか、
別に墓が営まれているのかは不明です。

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「埼玉県坂戸市 休臺寺/横田家墓所」への3件のフィードバック

  1. 横田英俊

    父方だけではなく、母方の方も19世紀からの戸籍が残されています。それはまた次回ということで、とりあえず、父方の方だけでもわかればと思いまして、お聞きしているのですが、どうでしょうか?

    返信 ↓
    1. kii 投稿作成者

      >横田様
      コメントありがとうございます。
      当方は幕末維新期以降の事は範囲外で、
      残念ながら判りかねますが、
      戸隠出身だとすれば松代藩士の家系かもです。
      もしそうなら旗本横田家とは先祖は同じでしょう。
      武田氏滅亡後に宗家は旗本となり、
      その一族の中に真田家家臣となった家もあった筈。
      こちらではその位しかわかりません。

      返信 ↓
  2. 横田英俊

    私は横田英俊といいます。父は良治祖父は喜三郎、祖父の父は己ノ作祖父は源兵衛出身は長野の戸隠村です。ひょっとしたらこの一族かも知れないと思うのですが、どうでしょうか?

    返信 ↓

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