青山霊園にある有村家の墓所。
桜田烈士の有村次左衛門と、
事件への関与で自刃した有村雄助の墓。
「有村家之墓(右)」、
「正五位有村治左衛門源兼清之墓」。
雄助と次左衛門の合葬墓と、
桜田烈士有村次左衛門の墓。
自然石の墓の方は次左衛門の墓ですが、
御影石の墓の側面には、
兄弟2人の名が刻まれています。
2人は有村四兄弟の次男と三男で、
次男が雄助で三男が次左衛門。
※長男は海江田信義(有村俊斎)、
四男は有村國彦で國彦が家督を相続。
夭折した兄弟もいたようですが、
便宜上これはカウントしません。
雄助と次左衛門は安政5年に脱藩し、
水戸藩と共に大老である井伊直弼を暗殺し、
それに呼応して京都で挙兵する計画を立て、
暗殺実行犯に選ばれた次左衛門は、
見事にこれを成し遂げて自害。
雄助は水戸藩士2人と京都に向かいますが、
道中の四日市宿で薩摩藩に捕縛されて、
水戸藩士は幕府に引き渡されて斬首され、
雄助は国許に護送されました。
しかし幕府の激しい追求を受けて、
藩でも庇う事が困難となった為、
藩命によって介錯なしで切腹しています。
墓所は1種ロ12号7側。
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・東京都荒川区 小塚原回向院
有村次左衛門ら桜田烈士の墓があります。
・鹿児島県出水市 野間之関跡
関所の手前で首実検が行われました。
・東京都港区 青山霊園/海江田信義墓所
長兄海江田信義の墓所。
