東京都港区 青山霊園/上野英三郎墓所

青山霊園にある上野英三郎の墓所。
彼は明治4年生まれの農学博士で、
当ブログの範囲外ではありますが、
忠犬ハチ公」の飼い主としても知られる為、
せっかくなので記事と致します。


東京帝国大学教授 農学博士
 上野英三郎墓
」。
上野英三郎は近代農業土木
農業農村工学の開祖とされており、
東京帝国大学農科大学において、
耕地整理理論化に尽力しました。
また多くの技術者を育成して、
全国の河川改修治水事業
農地整備の基盤を築き上げています。
大正13年に秋田犬ハチを飼い始め、
大変に可愛がっていたとされ、
ハチも上野が渋谷駅から帰る際には、
駅前で待つようになったという。
しかし翌年に上野は大学で倒れ、
脳出血で急逝してしまいます。
飼い主の死を知らないハチはその後も、
渋谷駅で主人を待ち続けました。


忠犬ハチ公の墓」。
上野の墓の傍らにあるハチ公の墓。
上野の死後にハチは、
内縁の妻八重子の親戚の呉服屋や、
浅草高橋千吉宅に預けられますが、
のちに八重子が引き取ります。
しかし度々渋谷駅に行ってしまう為、
渋谷区富ヶ谷に住む小林菊三郎に、
ハチを預けました。
小林はハチを可愛がっていましたが、
度々渋谷駅に行くようになり、
遂には食事の為に小林宅に帰っては、
また渋谷駅に戻るという風になります。
通行人虐待を受けたり、
子供いたずらの対象となりつつ、
渋谷駅でひたすら主人の帰りを待つ姿に、
日本犬保存会初代会長だった斎藤弘吉が、
ハチや上野の経緯を新聞に投稿。
人々はこれを知って心を打たれ、
ハチ公」として可愛がられるようになり、
食べ物を与える人も増えてくると、
渋谷駅もハチが構内に居られるようにし、
駅のマスコット的な存在となり、
昭和9年に初代ハチ公像も建立。
その除幕式にはハチも参加しましたが、
翌年にハチは死亡しています。

墓所は1種ロ6号12側

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