百次麓は小規模の外城だったようで、
百次川流域と平佐川右岸にあり、
山田郷を挟んで南北に分れていました。
「百次地頭仮屋跡」。
百次地頭仮屋跡は住宅地となっており、
石垣はありますが遺構ではない模様。
鹿児島城下から11里の距離にあり、
百次村と… 続きを読む
鹿児島県薩摩川内市 百次地頭仮屋跡
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百次麓は小規模の外城だったようで、
百次川流域と平佐川右岸にあり、
山田郷を挟んで南北に分れていました。
「百次地頭仮屋跡」。
百次地頭仮屋跡は住宅地となっており、
石垣はありますが遺構ではない模様。
鹿児島城下から11里の距離にあり、
百次村と… 続きを読む
日置郷は一所持大身分日置島津家の私領。
島津歳久を祖とする日置島津家は、
3代島津常久より日置郷に入封。
5代島津忠朝の頃に東郷に移封されますが、
6代島津久竹が領地替を願い日置に戻り、
以降は日置領主として続きました。… 続きを読む
串木野麓は串木野城周辺に形成された外城。
串木野城が一国一城令で廃城となると、
その麓に地頭仮屋が設置されました。
串木野麓は内村郷、麓郷、西之口郷、
原郷… 続きを読む
伊作は伊作島津家の居城伊作城があった地。
伊作家10代島津忠良の嫡男島津貴久が、
島津宗家15代当主となっており、
更に貴久の子島津義久、島津義弘、
島津歳久、… 続きを読む
田布施は宗家9代島津忠国の長男島津友久が、
相州島津家を興した地。
江戸時代には薩摩藩の直轄地となり、
地頭が派遣されて地頭仮屋が置かれました。
「田布施地頭仮屋跡(田布施小学校跡)」。
田布施地頭仮屋跡は田布施小学校… 続きを読む
阿多は元々阿多氏の所領でしたが、
相州島津家2代島津運久が奪い取り、
3代島津忠良が三州統一の足掛りとした地。
江戸期は薩摩藩の直轄地となり、
地頭仮屋が置かれました。
「阿多地頭仮屋跡… 続きを読む
坊泊郷は加世田郷から独立した郷で、
坊郷と泊郷の2つの郷が合併し、
坊泊郷となったようです。
坊津は古来より海外貿易の拠点でしたが、
唐船は全て長崎港に寄港するようになり、
海外貿易は表向き廃止。
しかし密かに密貿易… 続きを読む