三原城は小早川隆景が築城した城で、
江戸時代は広島藩の支城となり、
一国一城令の例外として存続されました。
元々は水軍の拠点として沼田川河口に築かれ、
効率的な小早川水軍の運用に貢献しましたが、… 続きを読む
「小早川家」タグアーカイブ
広島県三原市 米山寺/小早川家墓所
米山寺は三原市沼田東町にある曹洞宗寺院。
小早川氏嫡流の沼田小早川家の菩提寺で、
歴代当主の墓所となっていました。
「本堂」。
仁平3年(1153)に天台宗寺院として壮健され、
嘉禎元年(1235)に小早川家3代小早川茂平が、
念仏堂を建立して氏寺… 続きを読む
広島県三原市 新高山城跡
新高山城は小早川隆景の居城だった城で、
続日本100名城のひとつ。
居城であった高山城の対岸雄高山に、
※高山城のある山は雌高山という。
元々小規模な砦が築かれていましたが、
これを天文21年(1552)に隆景が拡張し、
新高山城としてその本拠としたものでした。
慶長元年(1596)に… 続きを読む
山口県山口市 泰雲寺/小早川隆景墓所
泰雲寺は山口市小鯖にある曹洞宗の寺院。
応永10年(1404)に大内盛見が建立し、
※盛見は大内家11代当主。
始めは闢雲寺と称したという。
大内教弘の時代に現在地に移転し、
※教弘は大内家13代当主。
教弘の菩提寺となっています。
その後に大内家は滅びますが、
小早川隆景の菩提寺となっており、
死後にその分骨が納められました。
奥方の… 続きを読む
福岡県宗像市 宗生寺/小早川隆景墓所
大穂の集落より1km程山手に入った場所に、
宗生寺という曹洞宗の寺院があります。
文明15年(1483)許斐城城主多賀隆忠が、
亡き父の菩提を弔う為に創建。
後に小早川家、黒田家等に庇護され隆盛し、
末寺10ヶ寺を有したという。
ここに小早川隆景の墓があります。… 続きを読む
下関市中之町 引接寺/小早川隆景墓所
伊藤助太夫(久三)の墓を探し、
引接寺を訪れたのは7年前。
結局は助太夫の墓はそこには無く、
空月庵跡という別の場所にありましたが、
下関市本町 空月庵跡/本陣伊藤家墓所
江戸中期の伊藤家当主の墓や、
奈良屋入江和作の墓は見つけました。
下関市中之町 引接寺/伊藤家 入江家墓所
今回は7年ぶりに訪問し、
小早川隆景の分骨墓に参ります。
「本堂… 続きを読む
下関市豊田町 毛利秀包夫人引地君の墓
小早川元包の正室である引地君は、
豊後の戦国大名大友宗麟の末娘。
父同様に洗礼を受けたキリシタンで、
洗礼名はマセンシアであったという。
久留米城主となった小早川秀包に嫁ぎ、
秀包もその影響を受けて洗礼。
久留米城下に天主堂… 続きを読む
