①/②/③
つづき。
途舁夫ニ問ヘハ、
前夜府中ヨリ差向ケラレタリト云フ、
復前夜来ノ模様ヲ問ヘハ、
別ニ怪シムヘキコトナキモ白木長持ヲ舁キ、
払暁通行セシ者アルヲ見タリト云フ、
若シクハ忠光朝臣ヲ殺害シ遺骸ヲ入レ、
持行タルコトナラン歟ト、
途中で駕籠夫に問えば、
前夜に長府より差し向けられたという。
前夜からの様子を聞けば、
別に怪しむべき事はなかったが、… 続きを読む
「忠光逃避行」タグアーカイブ
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恩地トミの口述筆記②
恩地トミの口述筆記①
恩地トミの写真
中山忠光の側女として忠光の逃避行に従い、
忠光の遺児仲子(南加)を出産した恩地トミ。
赤間町で旅籠屋の営む恩地與兵衛の次女で、
礼儀や家事を心得た気立ての良い娘で、
更に評判の器量よしであったという。
そのトミが当時延行村… 続きを読む
下関市綾羅木 中山神社/中山忠光墓所
中山神社境内にある中山忠光の墓所。
中山忠光は北浦での逃避行の後、
田耕にある長瀬の渓谷で殺害され、
綾羅木に運ばれて埋められました。
埋葬地には後に墓碑が建てられ、
その霊を慰める為に中山神社が建立。
現在に至っています。
「藤原忠光卿 神靈」。… 続きを読む
下関市豊浦町 黒井村
黒井村は川棚温泉南西の集落で、
赤間関街道北浦道筋に沿って市が開かれ、
街道の宿駅となっていたという。
下関市街より県道244号を北上。
平成の大合併前の下関市と豊浦町の旧境に、
八本松峠と… 続きを読む
下関市安岡 安岡浦
安岡浦は長府藩領の漁村だった場所で、
名前の由来は神功皇后が岡に登り、
そこで安(休)んだ事に由来します。
古来より漁業が盛んであったようで、
多くの船が浦から出漁していたとされ、
対馬や朝鮮沿岸まで行っていたという。
いつの時代からかは不明ですが、
安岡浦の女性が頭に桶を乗せて、
鮮魚やアワビ、… 続きを読む
