鴻巣山の山裾に位置する平尾霊園。
福岡市立の都市霊園ですが、
この霊園に玄洋社の碑が集められています。
「玄洋社慰霊碑群」。
これらの碑は東公園周辺にあったようですが、
昭和52年に福岡県庁を建設する際に、
行政が関係者の反対を押し切る形で、… 続きを読む
福岡県福岡市 平尾霊園/魂の碑
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鴻巣山の山裾に位置する平尾霊園。
福岡市立の都市霊園ですが、
この霊園に玄洋社の碑が集められています。
「玄洋社慰霊碑群」。
これらの碑は東公園周辺にあったようですが、
昭和52年に福岡県庁を建設する際に、
行政が関係者の反対を押し切る形で、… 続きを読む
青山霊園にある頭山満の墓所。
頭山は幕末維新期より後に活躍した人物。
但し慶応4年当時は数えで14歳であり、
その思想は福岡藩勤皇派に通ずるものです。
「頭山満
室峰尾墓」。
玄洋社主宰頭山満夫妻の墓。
頭山は福岡藩士… 続きを読む
自由民権運動に尽くした宮崎兄弟。
その生家が荒尾市に残されています。
宮崎兄弟は宮崎長蔵の子供達で、
次男宮崎八郎(真郷)、六男宮崎民蔵(巡耕)、
七男宮崎彌蔵(管仲甫)、
八男宮崎寅蔵(滔天)… 続きを読む
宮崎兄弟は幕末~明治・大正期に活躍し、
自由民権運動に奔走した4人の兄弟達。
宮崎家は江戸時代初期に荒尾に定住し、
熊本藩から世襲郷士身分を与えられて、
玉名郡… 続きを読む
南洲墓地にある河野主一郎の墓。
「河野直政墓」。
五番大隊一番小隊長河野主一郎の墓。
※肩書は西南戦争時のものとします。
河野は鹿児島城下高麗町の出身で、
戊辰戦争に従軍して戦功を挙げ、
戦後は近衛陸軍大尉となった人物。… 続きを読む
青山霊園の立山墓地に、
島本仲道の墓があります。
「正五位島本仲道君之墓」。
土佐藩出身の官僚島本仲道の墓。
島本は土佐藩藩士島本卓次の二男で、
間崎哲馬や大井漁隠に学び、
江戸に遊学して… 続きを読む
板垣退助は品川の高源院に葬られ、
その一族の墓も建てられていましたが、
高源院は明治26年に無住の寺となり、
関東大震災の被害で壊滅状態となった為、
明治14年に世田谷に移転しました。
その際に板垣家の墓所は残され、
境内飛地として品川神社の裏手に現存。
現在は接道の関係で品川神社境内を通り、… 続きを読む