福岡県豊前市 千束陣屋跡

小倉新田藩は、小倉藩2代藩主小笠原忠雄によって、
弟の小笠原真方1万石が分与されて立藩した支藩。
他の新田藩の多くが江戸定府大名であるのと同じく、
小倉新田藩も参勤交代を行わない定府大名でした。

小倉城下の屋敷に藩庁が置かれ、
幕末期は支藩として小倉藩と行動を共にしますが、
小倉城落城と共に藩庁を失います。
藩主の小笠原貞正は、宗家と共に香春に逃れ、
その後、領内安雲の光林寺を仮藩庁とし、
明治2年に千束陣屋を構えて千束藩となりました。


東九州自動車道 豊前IC周辺(千束陣屋跡の場所)


千束陣屋跡(千束八幡神社)」。
現在の千束陣屋跡は、千束八幡神社の境内。
明治3年に完成した陣屋は旭城と名付けられますが、
翌年の廃藩置県によって、その短い使命を終えます。


陣屋の石垣が綺麗に残されていますが、
石垣の石は周辺に多く存在した古墳から集めたという。
つまりこの石垣は、古墳の石ってことになります。
考古学会からすれば、
なんてことしてくれたんだ!」
という感じでしょうかね?


千束八幡神社拝殿」。
明治13年に陣屋跡地に千束神社が建立され、
その後、塔田御霊八幡神社野田八幡神社が合祀され、
千束八幡神社と改称して現在に至ります。

完成してすぐ廃城となった千束陣屋ですが、
宗家藩主小笠原忠忱を招待したりもしています。

【千束藩】
藩庁:千束陣屋
藩主家:真方流府中小笠原家
分類:1万石、旧譜代大名(豊津藩支藩)

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