鳥取県」カテゴリーアーカイブ

鳥取県東伯郡 由良台場跡

由良台場鳥取藩が設置させた台場。
文久3年に造営されたもので、
外国船に対する防衛がその目的でした。
高島秋帆に学んだ武信潤太郎の総指揮で、
その工事が行われたようで、
約7万5000人が動員されたという。
その費用は庄屋豪農献金が充てられ、… 続きを読む

鳥取県東伯郡 因幡二十士乗船之地

橋津台場跡の傍らにある因州藩二十士の碑。
河田佐久馬ら因州藩二十士が、
橋津から長州藩へ向けて脱走しており、
これを記念して碑が建てられています。


因幡二十士乗船之地」。
因州藩二十士は本圀寺事件を起こした後、
黒坂の泉龍寺や… 続きを読む

鳥取県東伯郡 橋津台場跡

橋津台場鳥取藩が設置させた台場。
文久3年に造営されたもので、
外国船に対する防衛がその目的でした。


因伯両国海岸調査絵図(河村郡)」。
案内板に印刷されたもの。
橋津宿と台場の位置関係がわかります。


橋津台場跡」。
台場跡は草が生い茂り木々も多く、
全体の写真が上手く撮れなかったので、
台場に登って撮影。
結構巨大な台場だったようです。… 続きを読む

鳥取県東伯郡 倭文神社

倭文神社伯耆国一宮
創建年代は不明ながら倭文氏が創建し、
建葉槌命(天羽槌雄神)を祀ったとされ、
下照姫命を配神として祀りました。
いつの頃が建葉槌命は忘れ去られ、
下照姫命が主祭神とされるようになり、
大正4年までこれが続いています。
その年に境内にある経塚の発掘調査で、
多くの出土品が掘り起こされ、… 続きを読む

鳥取県東伯郡 西向寺/因藩勤王二十二士之碑

和田家の墓所のある西向寺に、
因藩勤王二十二士之碑があります。


因藩勤王二十二士之碑」。
因藩二十士鳥取藩二十士等、
その呼び方は数種類ありますが、
二十二士ではなく二十士が一般的。
彼らは本圀寺事件を起こした尊攘派で、
河田景与、… 続きを読む

鳥取県東伯郡 西向寺/和田家墓所

西向寺は東郷町松崎にある浄土宗寺院。
慶長元年(1596)に創建されたようですが、
享保5年(1720)頃には衰退していたという。
この状況を10世誠誉が憂いて、
領主の和田家4代和田昭信を祀った為、
以降は和田家より庇護を受けています。


本堂」
和田家の庇護を受けて間もなく、
寺は失火で… 続きを読む

鳥取県東伯郡 由良宿跡

由良宿山陰街道の宿場町。
宿場の他に由良川河運の拠点であった為、
藩蔵が13棟も設置されていたようで、
流域の年貢米が集められていました。


北栄町由良宿周辺。緑の線が街道筋で、
青くぼかした辺りが由良宿跡。


由良宿跡」。
由良宿内には多くの店舗が軒を連ね、… 続きを読む