観応元年(1350)に吉田荘地頭毛利師親は、
石見国の佐波善四郎実連を討つ為に、
軍を率いて江の川を渡った際、
その水面に小石が浮かび上がって、
鐙(又は帯や袖)に小石が引っ掛かります。
その後に師親は見事戦に勝利した為、… 続きを読む
広島県広島市 御菓子処亀屋
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観応元年(1350)に吉田荘地頭毛利師親は、
石見国の佐波善四郎実連を討つ為に、
軍を率いて江の川を渡った際、
その水面に小石が浮かび上がって、
鐙(又は帯や袖)に小石が引っ掛かります。
その後に師親は見事戦に勝利した為、… 続きを読む
聖光寺墓地にある金子霜山の墓。
金子家は医業を生業としており、
一門家老東城浅野家に仕えましたが、
祖父金子楽山は「闇斎学」の大家として、
※山崎闇斎の提唱した学派で、
朱子学と神道… 続きを読む
聖光寺墓地にある高間正忠の墓。
高間正忠は広島藩の砲術家で、
戊辰戦争で神機隊の砲術長として活躍。
平潟口で奥羽越列藩同盟と戦い、
激戦を繰り返した末に戦死しています。… 続きを読む
聖光寺墓地にある梅園介庵の碑。
「介菴梅園翁之碑」。
広島藩儒梅園介庵の碑。
介庵は広島藩士平木彦兵衛の子で、
藩校学問所で学んで16歳で句読師に就任。
若くして優秀な若者として藩内で知られ、
藩儒梅園丈二郎… 続きを読む
聖光寺は中区小町にあった洞景山聖光寺と、
当地にあった広島山瑞川寺が合併した寺院。
現在は「広島山聖光寺」と称しています。
洞景山聖光寺は足利尊氏の妹梶子姫の開基で、
応永年間(1394-1428)に開山。
明治時代まで総持寺の輪番寺でした。… 続きを読む
國前寺は双葉山山麓にある日蓮宗本山寺院。
暦応3年(1656)に暁忍寺として開山し、
広島藩2代藩主浅野光晟の正室満姫が、
深く帰依したことにより菩提寺となり、
寺名を國前寺に改めました。
※後に菩提寺ではなくなっています。
原爆爆心地の約2.6kmの位置にありましたが、… 続きを読む
海蔵寺墓地にある山中幸盛の次女の墓。
山中鹿介幸盛は尼子再興を誓い、
幾度も毛利家に戦いを挑んでいますが、
遂に力尽きて捕らえられてしまいます。
幸盛は福間元明によって殺害されますが、
その次女盛江は草津城主児玉就方に預けられ、
後に御用商… 続きを読む