長崎県西彼杵郡 時津御茶屋跡

浦上街道の終点である時津湊大村藩領で、
同藩の港である彼杵湊と連絡しており、
多くの物産品や人が運ばれました。


茶屋(本陣)」。
大村藩の設置した御茶屋跡
当時の面影のまま現存しています。
当初は現在の中央市場辺りに置かれ、… 続きを読む

長崎県長崎市 諏訪神社

諏訪神社は弘治元年(1555年)に、
長崎為英が建立した事が起源で、
京都の諏訪神社から分霊を奉祀したという。
※東松浦郡の諏訪神社を勧請した説も。
後に大村純忠長崎イエズス会に寄進し、
長崎がイエズス会領となってしまい、
領内の寺社は全て破壊されており、
諏訪神社も他と同様に破壊されています。
江戸時代続きを読む

長崎県長崎市 浦上街道起点

浦上街道長崎から時津湊に北上する街道。
日見峠を越える長崎街道が整備されるまで、
この街道がメインルートでした。
日本二十六聖人殉教地である西坂より、
浦上村等を経て時津川に沿って時津湊続きを読む

長崎県長崎市 日本二十六聖人殉教地

豊臣秀吉織田信長の政策を継承し、
キリスト教の布教を容認しており、
イエズス会に布教の許可を与えていましたが、
天台宗の僧で医師の施薬院全宗の進言を受け、
バテレン追放令を発布しました。
しかし秀吉は積極的に追放は行わず、
貿易の為に継続してイエズス会を利用。
イエズス会も大々的な布教活動は控え、
ささやかな布教に終始した為。
追放はされる事無く布教も黙任され、
時には支援も行われたようです。… 続きを読む

兵庫県朝来市 延応寺

延応寺は生野にある真言宗の寺院です。
弘法大師が各地を巡錫する途中、
生野高原にある達磨ヶ峰に堂を建て、
自ら彫った千手観音を安置。
後の延応元年(1239)にその堂が炎上し、
その中から千手観音が舞い上がり、
ケヤキの巨木の梢にとまって、
毎夜光を発したという。
これを諸国行脚中の長遍上人が見て、… 続きを読む