元治元年11月4日。
高杉晋作は長州藩から亡命し、
福岡藩の脱藩浪士中村円太の案内の許、
筑前国博多に上陸しました。
晋作が上陸を果たしたのは上鰯町とされ、
上陸したであろう石段があります。
「高杉晋作筑前上陸地… 続きを読む
福岡県福岡市 高杉晋作筑前上陸地
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元治元年11月4日。
高杉晋作は長州藩から亡命し、
福岡藩の脱藩浪士中村円太の案内の許、
筑前国博多に上陸しました。
晋作が上陸を果たしたのは上鰯町とされ、
上陸したであろう石段があります。
「高杉晋作筑前上陸地… 続きを読む
生の松原は今津湾岸に沿って続く松原。
神功皇后が三韓征伐途中に枝を刺し、
「もし功なればこの枝生きん」と祈願して、
その枝が育って松原となった伝説もあります。
つまり人工的な防風林ではないようで、
古来よりクロマツの茂る場所だった模様。… 続きを読む
福岡藩は黒船来襲に備える為、
博多湾岸各地に台場を設置しています。
小戸台場はそのうちのひとつでした。
「小戸公園」。
福岡市西区小戸にある総合公園。
小丘陵とその周辺の海岸からなる公園で、
市民の憩いの場… 続きを読む
淨満寺墓地の隅にある墓碑。
乙丑の獄の犠牲者のものもあります。
「贈正五位江上武要之墓(右から2番目)」。
福岡藩士江上栄之進武要の墓。
藩の儒学者江上苓洲の孫とされ、
江上六右衛門の次男であったという。
武芸に秀でて特に弓術は父の教えを受け、
非常に得意であったされています。… 続きを読む
淨満寺墓地の隅にある墓碑。
乙丑の獄の犠牲者のものもあります。
「贈正五位佐座謙三郎之墓(左端)」。
福岡藩士佐座謙三郎の墓。
佐座は福岡藩士佐座与平の長男に生まれ、
幼少より月形深蔵及び月形洗蔵父子に学び、
長じて筑前勤皇党… 続きを読む
浄満寺は中央区地行にある真宗本願寺派寺院。
天正元年(1573)に初代住職浄心が開基し、
寛永12年(1635)に西本願寺13世良如上人が、
寺号を与えて木佛を授けたとされます。
初めは糟屋郡にあったようですが、
承応3年(1654)に… 続きを読む
正光寺の中村三兄弟の墓の前に、
筑前勤皇党の中村哲蔵の墓があります。
「贈正五位 中村哲蔵敬信夫婦之墓(左)」。
福岡藩士中村哲蔵敬信夫婦の墓。
幼くして両親を亡くして学問に勤しみ、
尊皇の大義を唱えるようになったという。
やがて筑前勤皇党に参加しましたが、
慶応元年に藩論が… 続きを読む