神楽岡東陵は57代陽成天皇の御陵。
百人一首には8人の天皇が選出されていますが、
陽成天皇も陽成院として名を連ねています。
つくばねの峰よりおつるみなの川
恋ぞつもりて淵となりぬる
「神楽岡東陵」。
57代陽成天皇の御陵。
陽成天皇は56代清和天皇の第一皇子で、
僅か9歳で譲位されて即位しており、
伯父の藤原基経が摂政となっています。
清和上皇の死後は基経との関係が悪化し、
基経が出仕を拒否して政局は混乱。
元慶7年(883)に陽成天皇に近侍する源益が、
宮中で何者かに撲殺される事件が発生し、
翌年に僅か1年3ヶ月で退位しました。
※陽成天皇が撲殺したともされます。
58代は55歳の大叔父光孝天皇が即位し、
上皇となってからは和歌に没頭。
65年という最長期間上皇として過ごし、
62代村上天皇の皇位継承まで見届けました。
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