京都府京都市 菩提樹院陵

菩提樹院陵は68代後一条天皇陵の御陵。
後一条天皇は長元9年(1036)に崩御し、
神楽岡の東麓で火葬されており、
遺骨は浄土寺(現浄土院)に一時安置。
母である藤原彰子(一条天皇皇后)は、
天皇の火葬所に菩提樹院を創建し、
遺骨を移して菩提を弔っています。
後に菩提樹院は戦乱で廃絶しており、
御陵の場所は判らなくなっていましたが、
幕末の[文久の修陵]で特定。
明治22年に後一条天皇陵に治定されました。

NHK大河[光る君へ]の終盤で子役として登場。
紫式部の死去後に崩御している為、
物語上に出てくる最後の天皇となります。


菩提樹院陵」。
68代後一条天皇陵の御陵。
西側に接して章子内親王の小墳があり、
双方合わせて[菩提樹院陵]とされています。
後一条天皇は66代一条天皇の第二皇子で、
藤原道長の外孫にあたり、
67代三条天皇の譲位により即位。
幼帝のため道長が摂政となりました。
叔母である藤原威子を中宮(皇后)とし、
20年の在位の後に崩御しています。
章子内親王は後一条天皇の皇女で、
幼くして両親と死別。
70代後冷泉天皇の中宮(皇后)となって、
後冷泉天皇の崩御後に落飾し、
院号宣下二条院と称しました。
天皇の母以外で初の女院となった女性です。

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