京都府京都市 上善寺/室町(四辻)家墓所

上善寺墓地にある室町家の墓所。
江戸時代までは四辻家と称しましたが、
初~5代当主は室町を名乗っていた為、
明治に入ってから室町家に戻しています。


「室町家墓所」。
上善寺墓地の南側に広く分布する墓所。
ひと固まりになっていない為、
墓碑を確認して被葬者を判別していますが、
法名だけのものは特定は出来ないので、
全てを網羅したとは言い切れませんが、
特定出来たものは19、20、24、25、29代。
他にも奥方や一族の墓が多くありました。


「従四位下行右近衛權中将藤原朝臣公尚
 豊仙院殿知寛義英之墓
」。
19代当主四辻公尚の墓。


「左近衛權中将従四位下藤原朝臣秀藤
 法名圓通院殿無者是終居士之墓
」。
20代当主四辻秀藤の墓。


「正二位前權大納言藤原公説墓」。
24代当主四辻公説の墓。


「正二位前権大納言藤原公績墓」。
25代当主四辻公績の墓。


「従三位勲四等伯爵室町公大墓」。
29代当主室町公大の墓。

室町家は西園寺公経の四男室町実藤を祖とし、
2代公重、3代實為、
4代公春、5代實郷と続き、
6代季顕が足利将軍家を憚って四辻と改称。
以後は7代實茂、8代季俊、9代實仲、
10代公音、11代季遠、12代公遠、13代季満、
14代季継、15代公理、16代季賢、17代季輔、
18代公韶、19代公尚、20代秀藤、21代實長、
22代公亨、23代公万、24代公説、25代公績、
26代公建、27代公賀と続いて、
明治維新後に28代公康が室町に戻し、
以後は室町家として続いています。

【公家の墓所】

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