愛知県岡崎市 西大平陣屋跡

ウチの嫁さんの父は時代劇が好きだったようで、
TVには時代劇が毎日のように映されていたそうです。
水戸黄門遠山の金さん銭形平次など、
嫁さんも若い頃から大概の時代劇は観ていたようで、
その中でも一番好きだったのは「大岡越前」だったとの事。
最近お亡くなりになった加藤剛の渋さと、
人情厚い大岡裁きがお気に入りだったようです。

今回訪問したのは、大岡越前こと大岡忠相西大平陣屋
忠相は1920石の寄合旗本でしたが、
町奉行としての活躍で2000石加増され、
その後に寺社奉行奏者番となった際にも加増され、
1万石の大名となった人物。
8代将軍徳川吉宗享保の改革を支え、
江戸の市中行政に携わって数々の改革を断行しています。

忠相の死後も西大平藩は存続し、
維新までに7代続きました。

東名高速道路岡崎IC西側付近(西大平陣屋跡の場所)


西大平藩陣屋跡」。
陣屋跡は高麗門が建てられて整備されていますが、
西大平藩は藩主が江戸に常駐する定府大名であったため、
この陣屋には4~5人の藩士が詰めているだけでした。


陣屋跡内は広場として整備されており、
説明板も設置されて綺麗に整えられています。


大岡稲荷社」。
忠相は豊川稲荷を信仰していたようで、
江戸藩邸の敷地内に分霊社を祀り、
この西大平陣屋にも稲荷社を建立していました。
現在の社殿は平成14年に再建されたもの。

幕末の藩主大岡忠敬は、
日光奉行大坂加番大番頭などを務め、
譜代大名として佐幕的立場を取っていましたが、
鳥羽伏見の戦いの後に新政府に恭順し、
東征軍の東海道軍人馬兵食賄方として、
物資輸送に兵を出しています。

【西大平藩】
藩庁:西大平陣屋
藩主家:大岡家
分類:1万石、譜代大名(定府大名)

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