閑院宮家は世襲親王家のひとつで、
宝永7年(1710)に直仁親王が創設した宮家。
※東山天皇の第六皇子。
皇統断絶を危惧した新井白石が、
6代将軍徳川家宣に新宮家設立を建言し、
東山天皇もこれを望んだ為に誕生しました。
安永8年(1779)に後桃園天皇が崩御しますが、
跡を継ぐ皇子が居なかった為に、
2代典仁親王の第六王子祐宮師仁王が即位し、
119代光格天皇となったことにより、
新宮家設立が慧眼だったと証明されます。
以後は3代美仁親王、4代孝仁親王、
5代愛仁親王と続きましたが、
愛仁親王が後嗣なく薨去。
明治5年に伏見宮家から載仁親王が入り、
閑院宮家6代を継承しました。
その後7代春仁王が男子なく薨去し、
現在は断絶して存在してません。
京都御苑南西側周辺。
赤線で囲んだあたりが閑院宮邸跡。
閑院宮邸跡はほぼ完全な形で現存し、
現在は「閑院宮邸跡収納展示館」として、
一般公開されています。
「表門(東門)」。
閑院宮邸の入口ですが説明は見当たらず。
見た感じ往時のものと思われますが、
どこかから移築した可能性もあるので、
これが往時のものだとも言い難い。
なんでどこにも説明がないのだろう。
「閑院宮邸跡収納展示館」。
資料館となっている閑院宮邸の主屋。
中庭を囲む木造平屋建の四棟からなり、
それぞれが連結されています。
建物自体は明治期に建て直されたもので、
部材は旧閑院宮邸ものが使用されており、
宮内省、厚生省、環境庁が使用した後、
後に整備されて資料館として公開。
公家町や閑院宮家の歴史や、
京都御苑の動植物の変遷、
発掘された遺物等が展示されています。
「庭園」。
平成15~17年に復元された庭園。
発掘調査の後に埋め直されて、
その上に緩やかな玉石の州浜を設け、
当時の庭池の意匠を再現したという。
元々の池はもっと大規模だったとのこと。
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