京都府京都市 清和院御門

清和院御門は京都御所の外郭九門のひとつで、
現在の京都御苑の東側にあります。
京都御苑は江戸時代の公家町で、
応仁の乱で荒廃していた京都を、
織田信長や豊臣秀吉が復興整備した際、
公家を御所周辺に住まわせた事に始まります。
後の宝永大火の復興で更に広げられて、
これを石垣で囲って9つの門を設置。
現在の区画の原形となりました。


「清和院御門」。
周辺に清和上皇の御所「清和院」があった為、
清和院御門と呼ばれるようになります。
元治元年の禁門の変では土佐藩が警備。
しかし主戦場は西側と南側で合った為、
ここでの戦闘はありませんでした。
更に援軍要請も拒否して警備に徹し、
戦闘には参戦せずに掃討もしていません。
長州勢には土佐藩脱藩の浪士も多くいた為、
もし土佐藩が戦闘に参加していたら、
別の悲劇があったかもしれません。、

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