三重県桑名市 照源寺(久松松平家墓所)

徳川家康の異父弟桑名藩初代松平定勝の死後、
2代将軍徳川秀忠の命によって、
定勝の次男松平定行崇源寺を建立し、
※寺名の由来は定勝の法号崇源院殿による。
定勝の遺骸を埋葬して菩提寺とします。
後に定行は4万石加増で伊予松山藩へ移り、
桑名藩には定行の弟松平定綱が入封。
定綱も崇源寺を庇護して寺領2百石を与え、
松平家の菩提寺としました。

その後、秀忠御台所の崇源院が死去し、
※偶然に院号が一致していたという。
これに配慮して寺名が改められ、
照源寺と称される事になり、
これを機に東照大権現も祀っています。


本堂」。
本堂は明治23年に改築されたもので、
内陣は能舞台にもなるように造られています。


松平定綱及一統之墓所」。
藩主を含む久松松平家28基の墓があります。


少将松平宗源君墓」。
定勝流久松松平宗家桑名藩初代松平定勝の墓。
家康の生母於大の方は家康出生後に離縁され、
後に久松俊勝に再嫁して三男三女を産みます。
この三人の男子は後に松平姓を与えられ、
久松松平家と称されることになりますが、
定勝の系譜が最も隆盛しており、
宗家は伊予松山藩15万石、
定勝の三男松平定綱の系譜は桑名藩11万石、
五男松平定房の系譜は今治藩3万石となり、
他にも旗本数家が続きました。


乾光院殿前四品最巌阿尊道英大居士」。
伊予松山藩2代松平定頼の墓。
伊予松山藩初代松平定行の長男として生まれ、
定行の隠居に伴い家督を相続。
落馬によって江戸で死去したようですが、
何故ここに墓があるのはよくわかりません。
遺髪か分骨墓だと思います。


大鏡院殿前四品玄蓮社定譽一法大居士(中央)」、
法室道堅居士(右)」「越信全随居士(左)」。
定綱流久松松平家桑名藩初代松平定綱の墓。
定勝の三男として生まれ、
将軍秀忠に所領を与えられて別家を興し、
山川藩下妻藩掛川藩淀藩大垣藩と、
加増転封を重ねていました。
兄で宗家を継いだ定行が伊予松山藩へ移り、
代わって桑名藩に5万石加増で入封。
新田開発や治水などを積極的に行い、
名君であったとされており、
この定綱の系譜が最後の桑名藩主家となります。
左右の墓は殉死した家臣のもの。

しかし3代松平定重が騒動を起こし、
高田藩へ懲罰的転封処分となってしまい、
桑名に帰って来るのは百年以上後の事でした。

玄寿院殿松譽月峯了和大居士」。
高田藩3代松平定輝の墓。
定重の孫で高田藩2代松平定逵の次男。
父定逵の死去に伴い家督を継いでいますが、
7年弱の治世で22歳の若さで病死しました。
久松松平家の統治は非常に厳しかったとされ、
領民は苦しんていたとされます。
これは桑名藩時代と比べて実高が減少した為、
その差を補う為に厳しくなったのでしょう。
この墓は遺髪墓です。

その後5代松平定賢白河藩へ転封。
白河藩で4代続きます。

樂翁源公之墓」。
白河藩3代藩主松平定信の墓。
田安徳川家初代当主徳川宗武の七男で、
白河藩2代松平定邦の養嫡子となり、
定邦の隠居によって家督を相続。
天明の大飢饉の発生中に藩主に就任し、
全国的に被害が拡大する中、
適切な飢餓民救済政策を進めて、
領内の被害を最小限度に抑えました。
この手腕が認められて老中首座に抜擢され、
寛政の改革を主導して幕政改革を断行。
一定の成果を挙げていますが、
その厳粛な政策には批判も多く、
僅か6年で失脚して幕政から退きます。
その後は藩政に専念した後に隠居。
定信は旧領復帰を訴えており、
その甲斐あってか三方領替えが行われ、
桑名藩へ戻る事になりますが、
江戸で病死して江戸の霊巌寺に葬られ、
遺髪がここに埋葬されました。


保國院殿宣蓮社衆譽福善一徳大居士」。
桑名藩(2度目の)初代松平定栄の墓。
定信と正室隼姫との間に生まれ、
次男でしたが正室の子であった為に嫡子となり、
父定信の隠居に伴い家督を相続。
三方領替えで桑名藩に移封していますが、
移封費用で藩財政が傾き、
再建の為に家臣の知行削減などを行いますが、
好転せぬまま江戸で病死しています。


故桑名城主恵徳公之墓」。
桑名藩2代松平定和の墓。
父定永の死去によって家督を相続。
先代からの財政再建を引き継ぎますが、
僅か3年で病死しています。

その後は定和の長男松平定猷が3代となり、
引き続いて財政再建に努め、
大きな好転は無いものの徐々に回復し、
4代には高須四兄弟松平定敬が就任。
京都所司代を務めていますが、
幕府の崩壊によって賊将となってしまい、
箱館戦争まで戦いました。
国許では定猷の子松平定教が擁立され、
定敬の降伏の後に正式に家督を相続。
廃藩置県後に東京に移住し、
定敬、定教の墓は染井霊園にあります。

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