桜山神社」タグアーカイブ

下関市上新地町 桜山神社で色々聞いてきた

久々に桜山神社へ行きました。
今年、やっと前原一誠が桜山神社に合祀されたらしい。

前原一誠は松下村塾生で、奇兵隊にもいち早く参加し、
功山寺挙兵にも単騎で参加。
小倉戦争での参謀心得として晋作の右腕となり、
晋作が一線を引いた後は、後任として参謀となりました。… 続きを読む

下関市上新地町 桜と桜山神社

全国の招魂社や護国神社の、
指導者から小者にいたるまで等しく祀る
という招魂社の考えは高杉晋作の発案で、
この桜山神社(桜山招魂場)が最初です。

招魂場となってから桜を植えたことから、
桜山と呼ばれるようになりました。

・・・ということで、
桜の季節に言ってみました。

参道の階段の両脇は桜が満開です。


春季大祭 続きを読む

乃木希典 ~高杉晋作との関係

乃木希典大将日露戦争の英雄
※司馬遼太郎はボロカス言っております。
彼が名将凡将かの議論はさておき、
今回は、乃木希典と高杉晋作について。

少し前まで歴史に疎い人でも、
乃木大将の名だけは知ってる」
という人は多かったのですが、
今はどうなんでしょうか?
乃木希典は長府藩の出身で、… 続きを読む

下関市上新地町 桜山神社/招魂場

下関の桜山に、「桜山神社 招魂場」というものがあります。
高杉晋作が提唱し、下関攘夷戦、四境戦争、尊皇攘夷運動で命を落とした人々を弔う為に造られました。
招魂場としては日本で最初のものといわれていますので、東京の靖国神社や、全国の護国神社の元ともいえます。

靖国神社や護国神社に比べて規模の小さい神社ですが、偉大な指導者 吉田松陰から、奇兵隊の一兵士といった名もない者にいたるまで、等しく祀られていることですね。

おくれてもおくれてもまた君たちに
 ちかひしことをあにわすれめや   高杉晋作

「おくれてもおくれても」という言葉に、
死に遅れたと悔やむ晋作の心の葛藤が伺えますね。

中心の吉田松陰以外(ほんの少しだけ高い)、同じ大きさ、形の石柱が整然と立ち並びます。
身分も、生まれも、功績の大小にも関係なく、みな同じように・・。… 続きを読む