福岡県北九州市 芦屋台場跡

唐津街道芦屋宿近くにある芦屋台場跡


芦屋台場跡」。
福岡藩では領内海岸の防備の為に、
沿岸各所に台場を建設して藩士を配備。
芦屋にも文久3年頃に砲台が造られ、
農民が徴用されたようで、
大砲の打ち方を練習していたという。


常陸丸殉難勇士之碑」。
台場跡碑の上の方にある慰霊碑。
明治37年に陸軍徴傭運送船常陸丸は、
僚船佐渡丸と共に南朝鮮へ向かう途中、
ウラジオ艦隊の巡洋艦3隻と遭遇。
集中砲火を浴びて機関を損傷してしまい、
英国人船長キャンベルらは戦死し、
輸送指揮官須知源次郎中佐以下将校も切腹。
千人を越える犠牲者を出しました。
この碑はその犠牲者を慰霊したもの。

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