大分県別府市 鉄輪温泉

鉄輪温泉別府八湯の一つ。
日本最大の湧出量を誇る別府の中で、
その源泉の大半が鉄輪に集中しています。
建治2年(1276)に一遍上人が行脚の途上、
鉄輪を訪れた際に猛り狂う地獄地帯を鎮め、
湯治場を開いたのが始まり。


いでゆ坂」。
長く続く石畳の鉄輪のメインストリート。
湯治場の面影を色濃く残しています。


鉄輪むし湯」。
別府市営の共同温泉。
温泉で熱せられた石室薬草を敷きつめて、
そこに寝て発汗させると共に、
薬草の成分を吸収します。
現在の建物は平成18年のリニューアル。


旧鉄輪むし湯跡」。
以前のむし湯があった場所で、
遺構として残されています。
現在は男女別々になりましたが、
ここにあった際は男女混浴でした。


一遍湯かけ上人」。
開湯の一遍上人の石像。
一遍上人は時宗の開祖で道後の出身。
伊予の豪族河野家の一族で、
出家して浄土宗の僧となっていましたが、
父の死により還俗します。
しかし親類縁者の争いに巻き込まれ、
これを悲しんで再度出家。
全国各地を遊行して民衆に念仏を勧め、
少数の弟子と共に終生旅を続けました。
自分の体の悪い所と同じ場所に、
お湯をかけると治るとされており、
また無病息災病気回復の願掛けとして、
札にお湯を掛ける御守りもあります。


渋之湯」。
こちらも一遍上人が開いた温泉のひとつ。
100円で入浴できるようです。
かっては滝湯であったとのこと。


永福寺」。
一遍上人が開いたこの湯治場に、
領主であった大友頼泰が一宇を寄進し、
松寿寺として一遍が開山したのが起源。
※一遍の幼名松寿丸に因む。
以降は数度の廃絶を経て、
延享年間に遊行上人が再興したとされ、
延享5年(1748)に清浄光寺末寺となります。
境内の滝湯やむし湯の入湯料で、
寺を存続させていたとされており、
明治4年に無住となってしまいますが、
明治24年に尾道永福寺の寺号を借り受け、
永福寺として再興されました。
大分県にある時宗寺院は唯一とのこと。


地獄蒸し工房 鉄輪」。
地獄蒸し料理の食べられる施設。
地獄蒸しは温泉蒸気を利用した蒸し料理で、
色々な食材を蒸して楽しみます。
訪問時は40分待ちでしたが、
隣の足湯足蒸し施設が無料ですので、
そこで待って食べました。

更に坂を登るとみゆき坂
ここからは地獄めぐりです。
地獄は悪人が死後に送られる場所ですが、
別府では自然湧出源泉を地獄と呼び、
これが含有物によって様々な色となったり、
噴出の仕方も様々であった為、
別府の観光名所として発展したもの。
江戸時代以前はなんら使用方法はなく、
手つかずの状態だったようです。


海地獄」。
明治43年に最初に観光地となった地獄。
1200年程前に鶴見岳の爆発によって誕生し、
硫酸鉄によって青色に輝く温泉です。
海地獄はその色からの命名ですが、
その温度は98度と高温で、
仮に落ちたら命は無いでしょう。
国指定名勝

慶応元年2月。
井上聞多は別府に潜伏していますが、
楠温泉臼杵藩士と知り合い、
人夫と身分を偽ってしまった為、
妻子含む3人分の荷物を運ぶ羽目になり、
鉄輪温泉まで1里半荷物を運んでいます。
荷物は50㎏以上あったようで、
酷い目にあったようですが、
鉄輪で温泉と食事を馳走になっており、
荷物の運搬代金に4朱も貰いました。
当時より鉄輪は知られていた様で、
臼杵藩士家族は湯治廻りに来たようで、
井上も一度は行ってみたいと、
誘いに乗ってしまったようです。

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