山口県萩市 萩市護国神社

道の駅 萩しーまーと近くの萩市護国神社は、
干城隊第一大隊及び第四大隊の戦死者を、
招魂した長添山招魂場が前身です。

阿武川より分かれた新川東側の小高い山に、
明治元年に藩によって建立されたもので、
後に振武隊を祀る土原招魂場と合併して、
明治以降の戦役に殉じた英霊を合祀し、
萩市護国神社となりました。


道の駅 萩しーまーと周辺。
赤丸辺りが萩市護国神社。


萩市護国神社鳥居」。
軽自動車がぎりぎり通れるような細道から、
萩市護国神社に入れます。


招魂場は小高い山にあることか多く、
急な石段がある場所が多いのですが、
3歳の子供を抱えて登るにはなかなか辛い。


萩市護国神社境内」。
階段を登ると境内が広がっています。
ここを訪れる人も少なそうですが、
結構きれいに整えられていました。
定期的な掃除がされているようですね。


干城軍之碑(右)」、
第四大隊之碑(中央)」、
振武隊招魂碑(左)」。
招魂されている各隊の顕彰碑が並びます。
干城隊(干城軍)は内訌戦後に結成した隊で、
他の諸隊とは異なり藩士だけで編成。
自刃した三家老の一人福原越後の養嫡子で、
後の日本初の弁護士福原駒之進を総督に、
前原一誠が頭取を務めた部隊です。
奇兵隊と共に主力として活躍しました。

第四大隊は再編成された常備大隊で、
諸隊を第一~第四大隊に再編成したもの。
第四大隊は桂太郎も二番隊司令として所属。
世田谷松陰神社の第四大隊の招魂碑は、
桂太郎が建立したものです。

振武隊は南園隊義昌隊が合併された部隊。
長州藩主力のひとつとして活躍しましたが、
多くの隊士が脱隊騒動に参加しています。


第一大隊碑」。
上記と同じく再編された常備大隊の顕彰碑。


他の招魂場と同様に墓碑が並びますが、
建てられた墓碑は31柱しかなく、
祭神としては干城隊73柱、
第一大隊62柱、第四大隊52柱、
振武隊62柱が合祀されていますが、
その割に墓碑が少なく感じます。
神道で墓碑は重要ではありませんが・・。

儲かる道の駅で有名な萩しーまーと
観光客より地元民をターゲットとし、
水揚げされる魚をすぐに店頭に並べて、
新鮮な魚を安く提供することにより、
観光客もそれが良いと増えているらしい。
そんな場所から歩いて行ける場所に、
維新の諸隊士を祀る場所があることは、
意外と知られてはいません。

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