萩市須佐 三蔭山神社

三蔭山神社は、萩市須佐にある招魂社で、
はじめ三蔭山招魂場として当地に建立されました。


萩市須佐周辺(三蔭山神社の場所)


三蔭山神社への階段。
他の招魂場と同じく小高い場所にあります。
三蔭山という山は、元々浄土院山と呼ばれており、
招魂場の建立の際に名称を変更されました。
神社を建てる場所が、仏教的な浄土院山では、
よろしくないということでしょうか。


三蔭山神社境内」。
あれ?ネットで調べたような場所じゃない??
長屋門のような横長の拝殿があったはず。
半壊状態だったようでしたので取り壊されたのか?
あるのは小さな社殿のみ・・・。なんとも残念ですね。


社殿の両脇には、墓碑が並べられています。
久坂玄瑞らと共に鷹司邸で自刃した益田家家臣田村育蔵の他、
禁門、幕長、戊辰、西南で戦死した益田家家臣の墓碑が並ぶ。

禁門の変後、益田家家臣は尊皇派、俗論派に分かれ、
尊皇派の一部は、主人益田親施を奪い返そうとしますが、
俗論派に阻まれます。その後、俗論派が勢力を拡大し、
尊皇派も回天軍を組織して対抗しますが、
及ばずに奇兵隊など諸隊に走る者が多く出ました。

後に本藩に正義派政権が誕生するに至って、
須佐の俗論派は処罰されています。
益田家も自体も再興が許され、
相続した益田親祥は殉難した家臣らの為に、
三蔭山招魂場を建立するに至るわけです。

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