晋作が犬を斬ったという話

高杉晋作が街の犬を斬って気持ちの鬱屈を晴らし、
幽閉中の吉田松陰がそれを聞いて
もって志気の劣えが知れる」と嘆いたという。

よく知られているこの話の出所はどこなんだろうと、
前々から気になっていたのですが、
ネット上でその話が書かれているだけで出典が書いてない。
※このブログも出典は殆ど記載していません(めんどくさいので)。
 記事内容の出典が知りたい場合はご連絡下さい。

まさかどこかの小説の話が、まことしやかに広まったのか?
と思って色々と調べてみると確かにありました。

安政6年2月に野山獄にて書かれた「諸友宛」の書状の、
中谷 久坂 高杉等へ伝へ示し度く候」とはじまる文。

中谷 久坂 高杉等へ伝へ示し度く候
  中谷久坂高杉らへ伝え示したい。
平時喋々たるは、事に臨んで必ず唖
  日頃から口数が多い人は、
   いざと言うときは必ず黙り込んでしまうだろう。
平時炎々たるは事に臨んで必ず減す
  日頃から威勢の良い人は、
   いざと言うとき必ず小さくなってしまう。

孟子、浩然の気、肋長の害を論ずるを見るべし
  孟子が「浩然の気」や「肋長の害」を、
   論じているのを知るべきである。
八十送行の日、諸友剣を抜く者あり
  佐世八十郎の送別の日に、
   剣を抜いて気勢をあげた者がいたという。

又聞く、暢夫江戸に在りて犬を斬るの事あり
  また、暢夫(高杉)が江戸で犬を斬ったと聞いた。
是れ等の事にて諸友気魄衰デツの由を知るべし
  これらの行為を、
皆は気魄を衰えさせる事だと知らなければならない。

僕今死生念頭全く絶えぬ
  僕は今、死生観を念頭に考えている。
頭断場へ登り候はば血色敢へて諸友の下にあらず
  処刑場へ赴く際にも、
  血色は君達よりもずっと良いだろう。
然れども平時は大抵用事の外一言せず
  しかしながら日頃は、
   用事を話す事くらいしかしゃべらない。

一言する時は必ず温然和気、婦人好女の如し
  言葉を発する時は、穏やかに和やかに、
   婦人や良き女性の様に。

是れが気魄の源なり
  これが気魄の源である。
慎言謹行卑言低声になくては大気魄は出るものに非ず
  言葉や行いを謹み、謙り小さな声でなければ、
   気魄は出るものではない。

張良鉄椎の時の面目を想ひ見るべし
  張良が鉄椎を投げた時の意味を考えるべきである。
僕去月二十五日より一臠の肉、一滴の酒を給べず
  僕は先月の25日より、
   一切れの肉も一滴の酒も口にしていない。

是れにてさへ気魄を増すこと大なり
  その事でさえ、気魄を大きく増すことになっている。
僕已に諸友と絶ち、諸友も亦僕と絶つ
  僕は君達と交友を絶ち、君達もまた僕と連絡を絶った。
然れども平生の友義の為めに区々の一言を発す
  しかしながら日頃の友義があるから、
   一言言わせてもらう。
是れ僕が鑿空の語に非ず
  これは僕の妄想の言葉ではない。
実践の真、又聖賢伝心の教なれば軽視することなかれ
  実践して得たもので 
   また聖賢伝心の教えであるから軽視しないでほしい。 

血気尤も是れ事を害す。暴怒亦是れ事を害す
  血気は最も事を起こすときに害となる。
   暴怒もまた害となる。

血気暴怒を粉飾する、其の害更に甚し
  血気や暴怒を飾り立てて見せる事は、
   その害がさらに大きくなる。

※現代語訳は僕がしましたので、
  細かな間違いがあるかもしれません。

上記に「又聞く、暢夫江戸に在りて犬を斬るの事あり」とあり、
誰かから「晋作が江戸で犬を斬った」と聞いたことが判ります。
是れ等の事にて諸友気魄衰デツの由を知るべし」と言っており、
もって志気の劣えが知れる」とは言っていないようです。
嘆いていた事は確かですが、
実際はその行為を良くない事だと諭しているのに対し、
広まっているのは、あきれているように聞こえますね。

また「気持ちの鬱屈を晴らした」というよりは、
若さゆえの血気や暴怒による猛りで斬ったようです。
もちろん松陰の解釈ですが・・。

さて「晋作が江戸で犬を斬った」と
松陰が誰かから聞いたのは間違いないですが、
本当に晋作が江戸で犬を斬ったのかはわかりません。
これ以外に文献が見当たらないからです。
※僕の知る限り。
どういう風に斬ったのか、なんで斬ったのかわかりません。
江戸の街中では、至る所に犬がいたようですので、
※「犬たちの明治維新 ポチの誕生」より。
実際に斬ることは可能なはず。
野良犬を殺して鍋に入れて食べるような連中もいたので、
そこまで問題にはならなかったかもしれません。

しかし犬を刀で斬るという行為は、
武士として決して誇れるものでは無い。
晋作が犬を斬ったと自慢するとも思えないし、
斬ったにしろ斬っていないにしろ、
松陰にそういうことを耳に入れたのは、
誰かの告げ口または虚言かもしれませんね。

また晋作ならば、そのような行為と心情を、
漢詩に残したりしそうなんですが、
そういう漢詩や歌も見当たらない。
※僕の知る限りでは。

例えば、
ー晋作が江戸の町を歩いていると、犬が吼えてきた。
それを見た晋作は、吼えてる犬を蹴っ飛ばしたー

こういう風景を同志の誰かが見ていて、
人づてに伝わり、色々と尾ひれが付いて、
ー晋作が江戸の町を歩いていると、犬が吼えてきた。
それを見た晋作は、吼えてる犬を斬り捨てたー

と変化したということも考えられる。

上記は「例え」ですが、
とにかく松陰が誰かから聞いた話ですので、
この件は三次資料相当ということになります。

人を斬る斬らないとかしていたあの時代、
犬を斬ろうが大した事ではないのでしょうけど・・・。

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 その場面を想像すると面白いですね。
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 子供を思う親の気持ちならば、わからなくもない。
「錦の御旗」を最初に掲げたのは晋作??
 坂本龍馬が証言しています。

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