歴史を学ぶという意義

歴史の教科が嫌いな学生や生徒が言い訳する際、
決まって言うセリフがあります。

過去の事を勉強しても何の役にも立たない
過去の事を勉強して何の役に立つのか?

これに答えられる教師ってどれくらい居るのだろうか?
大学教授ならば難しい事を色々並べて、
答える事は出来ると思われますが、
そもそも歴史が得意な学生への答えでしょうから、
歴史嫌いの中高校生が納得できる答えでは無い筈です。

実際に僕は歴史が好きだったので、
そういう風な疑問を持つことがなかったのですが、
色々な人と接してきて、学生時代の話題になった時、
歴史が苦手だった人から、上記のセリフをよく聞きました。

仕事での休憩時間での他愛も無い会話ですので、
議論するまでもなく終わるわけなのですが、
自分親戚の子がそう考えたのならば、
修正しなければと思うわけです。

そもそも一般的な中学の授業科目である5教科ですが、
他の4教科と地理歴史のうちの地理は、
誰でも意義は答えられますよね。

国語 日本人として日本語は必要。文書力も役に立つ。
数学 計算ができないと、仕事で困る。
理科 物理や化学、生物などは「ものづくり」の上で役に立つ。
英語 国際的公用語の英語は必須。
地理 地域特色などを理解することで、旅行・出張にも役立つ。

まあどれもある程度の水準で問題ないのですが、
どれかが特化していると、確かに仕事上で非常に役に立つ。

ならば、歴史は?
先ほどの「過去の事を勉強して何の役に立つのか?」でいえば、
僕の場合は相当ありますね。
仕事で色々な場所に行くので、お客さんと会話が盛り上がる。
必然的に仕事にも良い影響となっています。
これは僕の仕事に関してですので、一般的ではないですけど。

では本来の歴史を学ぶ意義とはなんなのか?

・・・ここで、そもそも意義が必用か?という疑問があります。
「過去の事を勉強して何の役に立つのか?」と疑問を持っても、
そんな事を考えずに勉強しろ!良い大学に行く為だ!」と、
強権的に言う先生や親御さんも多数いるとは思います。
確かに先生や親は「そんな事」考えなかったのでしょう。
でも、1人の人間が一度疑問を持ってしまった訳ですから、
考えるなと言っても無理なのです。
この疑問を解決しない限り勉強はできません。

日本以外にも歴史は殆どの国で必須。
ただ、国によって歴史を学ぶにも理由が異なります。
特に後進国ではプロパガンダ愛国心を育む為であり、
本来の学ぶべき意義とはかけ離れているケースもある。
これでは何の意味もありません。

では「歴史を学ぶという意義」は何か?
僕が考える意義は、
先人の成功や失敗を学び、それを糧とする事」。
こう聞くと、
スマホも無かった時代の事なんて参考にならん!
と言うかもしれません。
そのスマホのある現代で、
あなたは今まで失敗無く生きて来られましたか?
そんな事は無いはずです。成功や失敗を実際にした例を学び、
実際の自分に当てはめてイザという時に正しい判断をするのが、
本来の「歴史を学ぶという意義」なのです。

これをしっかりわかっていないと、
いくら鎌倉幕府の成立年を覚えようが、
時代や年号暗記しようが何ら意味が無い。
一番わかりやすい例を挙げると、
やはり戦後の左派の学生運動でしょう。

大学生というインテリが起こした運動で、
ある程度の歴史は学んでいる筈です。
しかしその盛り上がりとは裏腹に、
結局何一つ成していません
本来の「歴史を学ぶという意義」がわかっていれば、
何かひとつ位は成す事は出来たかもしれませんし、
内ゲバ」や「テロ事件」などの悲劇は、
起こりえなかったかもしれません。

歴史・・幕末史だけでも本来の意義通りに学んでいれば、
このような結果にはならなかった。
彼らは幕末の先人と同じ過ちを犯してしまったのです。
※結果的に共産主義にならなくて良かったんですけどね。

彼らはヘルメットゲバルト棒で武装し、
機動隊と衝突したり、バリケードを造っていますが、
これで国家に勝てる訳が無いのは歴史が証明しています。
そして民意とかけ離れた行動は、
絶対に支持されるはずも無く破滅へと向いました。

明治維新でも幕府を倒したのは浪人ではなく、
薩長という列記とした軍事勢力です。
何百人程度の浪士(学生)達が、
京都でいくら騒ごうが幕府は崩れません。
これも歴史が証明していますね。

実は江戸時代においては、
今より歴史を学ぶ意義がわかっていたようです。
もちろん戦史が主になってはいますが、
三国志などの中国の歴史や、
源平太平記戦国時代などの戦史を学びましたし、
忠臣蔵やその他の敵討ちなどを検証し、
どうするべきであったかなど、
批判や考察を交えて学び、実際の有事に役立てました。
名軍師と呼ばれる人物ほど、そういう事を学んでいます。

ただ、スマホの話でもそうですが、
今は過去よりも色々なものが発展しているわけですし、
実際に体験する事象も、学んだ事と全く同じではないので、
その歴史の教訓を現代に置き換えるにはセンスが必用。
名軍師や戦略家偉人はそういうセンスが優れた人でした。

しかしながら好きな人告白するのは、
古来より全く変わっていません。
手紙だろうが、電話だろうが、ラインだろうが、
告白するのは古来から自分自身で、
告白される相手は、古来から異性(同性の場合もある)です。
思春期の学生さんならば、告白史なんてものがあれば、
もっと興味を持って勉強するかもしれませんね。

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