新潟県阿賀野市 水原代官所

水原は江戸初期まで新発田藩の領地でしたが、
延享3年(1746)に幕府天領となり、
水原代官所が置かれました。
幕府は米の安定確保できる地域や、
交通の要所を天領としており、
水原はその両方を備えていたようです。


水原代官所表門」「水原城館 水原代官所跡」碑。
水原代官所は平成7年8月に復元されており、
内部を見学することができます。
ここは元々水原城館があった場所でした。


杉原常陸介碑」。
水原城の最後の城主水原親憲の碑。
中央の碑は「杉原」となっていますが、
これは間違いではありません。
水原親憲は上杉景勝に仕えて、
上杉家の多くの戦に参加していますが、
上杉家の会津移封に伴い水原城を去りました。
親憲が大坂冬の陣で戦功を挙げた際には、
徳川秀忠より感状を受けていますが、
その宛名が間違って「杉原」となっており、
これに気付きながらそのまま指摘せずに拝領。
以後は杉原常陸介親憲を名乗ったとされます。


ふるさと農業歴史資料館」。
隣接する資料館で、農具や民具などを展示。
ここでチケットを買って入ることができます。


復元から20年以上経過していますので、
良い感じの色合いとなっています。


代官所内部の「御用場」及び「訴所」。
人形が置かれて当時の様子が再現されています。
村役人が訴訟している様子。

慶応4年1月。
老中稲葉正邦により水原、出雲崎の両代官所が、
当分の間「会津藩預り」とすることが決定され、
3月に萱野右兵衛水原奉行に着任しました。
しかし7月の新政府軍侵攻により、
水原駐屯の会津藩兵150名は退却。
数千両の軍資金が持出されたとされています。

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