石川県七尾市 七尾軍艦所跡

七尾軍艦所は、加賀藩の海軍施設として、
根拠地及び艦船実習地として設置されています。

造船所製鉄所桟橋などの施設が造られ、
海軍に関する色々な物資(船具など)を生産し、
航海術などの訓練も行われた重要拠点でした。

加賀藩は、謙信流軍学者岡田助右衛門の建白により、
海防の重要性は理解していましたが、
軍艦の製造や購入には膨大な費用か掛かる為、
その配備は先送りされています。

文久元年6月、能登半島黒島村の沖合3里に、
国籍不明の異国船が出現。
さらに同7月、英国船4隻が北国海路測量を行い、
加賀藩領の海上にも来るという情報が伝えられました。
これらの事で外国船の脅威が現実味を帯び、
加賀藩は洋式軍艦の購入に動き出すことになります。

文久2年12月末。
加賀藩は最初の洋式軍艦「発機丸」を購入。
七尾軍艦所を拠点に操艦の訓練が行われました。


七尾軍艦所跡」。
ピーエス三菱七尾工場の入口付近にあります。
敷地は約6万5000㎡あったということで、
大規模な基地であったようですね。

加賀藩は「発機丸(後に錫懐丸に改称)」の他、
李百里丸起業丸猶龍丸駿相丸有明丸を所持。
前田家の家紋「梅鉢」の旗を掲げ、
梅鉢海軍」と呼ばれます。

維新後は、軍艦所内部に英語教授所を設置。
英国人通訳パーシバル・オズボーンを雇用し、
加賀藩及び支藩の子弟教育も行いました。

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