浮野宿は西国街道の半宿。
富海宿と宮市宿の中継地として、
人足や馬が用意されていました。
「御国廻御行程記 牟礼(一部)」。
浮野宿は四丁五間(約450m)と短く、
そこに45軒の家屋が建っていたという。
防府市江泊町周辺。緑の線が街道筋で、
青でぼかした辺りが浮野宿のあった場所。
西側より散策。
「浮野宿跡(西側)」。
何の変哲もない通りといった感じですが、
浮野公民館に浮野半宿の説明板が設置され、
往時は半宿であった事が記されています。
ちなみに浮野はウケノと読むらしい。
高札場は公民館の向かいにあったという。
「浮野宿跡(東側)」。
常夜燈のある四ッ辻を越えると緩やかな坂。
相変わらず古い家屋はありませんが、
宿場跡らしい雰囲気が感じられます。
「徳地屋跡(大名休憩所)」。
旅籠屋徳地屋の跡地で、
参勤交代の大名が休憩に使用したという。
家屋はありませんが井戸が現存。
街道にあった道標が移築されています。
坂を登ると地蔵堂があり、
その脇に橋があって小川が流れています。
浮野宿はここでおわり、
ここから先は富海に至る峠道。
浮野宿は難所への入口でもありました。
■西国街道の宿場町
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