京都府京都市 清浄華院/阿野家墓所

清浄華院墓地にある阿野家墓所。
阿野家は藤原實国の養子藤原公佐を祖とし、
※藤原成親の子。
鎌倉時代初期に成立した公家。
公佐は源頼朝の弟阿野全成の娘を妻にし、
2代實直が阿野を称したとされます。
実直以降は、3代公仲、4代公廉、5代實廉、
6代季継、7代實村、8代實為、9代公為、
10代實治、11代公熙、12代季賢、
13代季綱、14代季時と続きますが、
季時の早世により一時中絶。
その半世紀後の江戸時代初期に、
季時の孫阿野実顕が再興しています。
※季時の子阿野実時は出家しており、
 実顕の再興に合わせて還俗。
 便宜上15代となっています。

以後は、17代公福、18代公業、
19代實藤、20代實字、21代公緒、
22代実惟、23代公縄、24代實紐、
25代公倫、26代實典、27代公誠と続き、
明治維新を迎えています、

清浄華院墓地で発見した当主は、
16、18、19、26代。

「真空院殿正二品前亞相
 英伯道雄大居士 尊儀
」。
阿野家16代当主阿野實顕の墓。
祖父の名跡を継いで阿野家を再興し、
正二位権大納言まで昇進。
勅使や院使を幾度も務めています。
正保2年(1645)、65歳で死去。


「躰量院殿正二品前亞相
 廓譽恢超圓可大居士 神儀
(中央)」。
阿野家18代当主阿野公業の墓。
16代實顕の次男に生まれ、
兄の17代阿野公福の養子となっています。
正二位権大納言まで昇進し、
天和3年(1684)に85歳で死去。
室は足守藩2代藩主木下勝俊の娘でした。


「圓成院殿正二位前亞相
 藤譽實相了海大居士
」。
阿野家19代当主阿野実藤の墓。
実業は18代公業の次男で木下勝俊の孫。
正二位権大納言まで昇進しており、
元禄6年(1693)、60歳で死去しています。


「正三位藤原朝臣實典卿墓」。
阿野家26代当主阿野實典の墓。
25代阿野公倫の長男に生まれ、
天保9年(1838)に41歳で死去した為、
正三位非参議でした。
27代は子の阿野公誠が相続しており、
廷臣八十八卿列参事件に参加。
維新後は参与や宮内少輔を務めています。
明治17年には28代阿野實允が子爵を授爵。
阿野家は子爵家となりました。

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