下関市南部町 馬関越荷方役所跡・本陣佐甲邸跡・紅屋跡

下関の東側海岸線は埋め立てられており、
ほとんど当時の状況と変わっています。
当時の海岸線は国道9号線に沿ったあたりでした。

平地の少ない下関は海岸沿いを開発するしかなく、
幕末当時の史跡は神社仏閣以外はほとんど無く、
残念ながら当時の面影は残っていません。

当時の下関市南部町には、
馬関越荷方役所」が設けられていました。
越荷」とは、北前船で運ばれる各地の名産品の事で、
莫大な利益を生む北前船に目をつけた長州藩は、
ここで積荷を担保に保管業、販売業、金融業などを経営し、
有事に備えた財源を確保しました。
高杉晋作も慶応元年に、馬関越荷方頭人に任命されています。


馬関越荷方役所跡」。
旧山陽道の脇に石碑と説明版が建てられています。
実力100万石以上と言われた長州藩の財源の多くは、
ここで蓄えられたのでしょうか?


本陣佐甲邸跡」。
下関には大名の宿泊施設である本陣が2つありました。
地理的に九州大名の参勤交代では、
下関を通らざるを得ない為、
ブッキングを防ぐ意味もあったのでしょう。

坂本龍馬が晩年の本拠地とした自然堂は、
東の本陣「伊藤助太夫邸」で、龍馬が関係してますので、
跡地には石碑が建てられていますが、
西の本陣と呼ばれる「佐甲三郎佐衛門邸」の跡には、
何ひとつ残されておらず、マンションが建っています。

本陣佐甲邸にも島津久光等の大名や、
シーボルトも宿泊した記録があり、
維新後の「外人接待所」にも指定されていました。
これほど歴史的重要な場所に碑のひとつも無いとは、
とても嘆かわしいかぎりです。

佐甲邸のあった場所の向いには、
金子みすゞ顕彰碑のある寿公園があります。

金子みすゞ顕彰碑」。
実は僕、金子みすゞ大嫌いなんです・・・。
好きな人には申し訳ないのですが、
彼女の詩がとても辛気臭く感じられて、
昔から好きじゃなかったんです。

それで2012年のTBSドラマ
金子みすゞ物語〜みんなちがってみんないい〜
を観たんです。
内容が最悪すぎて、主演の上戸彩を嫌いになった位。
詩なんて好き嫌いあるわけで、
はじめから好きじゃなかった僕が、
さらに嫌いになっただけですけど・・。

話が逸れましたが、
この寿公園のあたりに料亭「紅屋」があったようで、
この「紅屋」には京都から長州に来た幾松が滞在し、
入江和介邸から越してきた晋作とおうのが滞在し、
伊藤俊輔梅子と潜伏した場所でもあります。
※公園奥のマンションに
 「梅子夫人の実家跡」碑があります。

こんな凄い場所なんですが、
金子みすゞの事意外は触れられてないのが、
なんとも悲しい話ですね。

下関の市観光課は、
龍馬関連にはどんな小さな事にでも飛びつくのですが、
それ以外の事は全く知らん顔・・・
というか知らんだけなのか・・・。

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